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□喜劇
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『オデ、ニンゲン、スキ。ニンゲン、オイシイ。オデ、ニンゲン、タベル』

「………っ」



この状態では相手が何を言っているのかすらも分からない。痛みさえも遠ざかる中で私は必死に相手を睨みつけようと踏ん張っていた。ただで食われてなるものか。私は、帰るって決めたんだから。



「…は、あ」

『タベル、ニンゲン、タベル』

「…だれが、あんたなんか、に…」



ぱくぱくと、空気だけが抜け落ちるような声が漏れた。ああ大丈夫、私はまだ生きている。



「…たべてみなさいよ…わたし、は、せいかつかたよってて、まずい、んだから…!」



最後まで悪態を突いてやろうと朦朧とした意識だけで言葉を繋ぐ。そうしたらいつか外に届くかもしれない。
私は死ぬわけにはいかないのだ。



『ウルサイ、タベ、ル』

「うるさいのはそっちでしょ…っ!」



ぐわり。瞬間一気に体に重力がかかり、私は天井近くまで持ち上げられたのだと理解した。眼下では真っ赤な口が私を食らおうと待ち構えている。



「…ちくしょ、う…しんでたまる、か…!」



必死にもがいて這い蹲って、それでも私は生きてみせるよ。じゃなきゃこんな理不尽なことに巻き込まれて、黙っていられるわけがない。
遠い光を求めるように震える腕を突っ張った。どうせなら、こんな瞬間に助けに来てみせなさいよ。例え主人公じゃなくたって、私は私の人生を簡単に幕引きなんてしてやらない。



「ばかやろう…っ」





―― か  む  い ――





――ドカァァァァン…!

「………ッ!?」



一瞬、言葉が起爆装置になったのかと思った。物凄い轟音を立てて崩れたのは私が散々体当たりをかましていたはずの扉で、その向こうには弱々しくも眩しい蛍光灯の光が見える。
ガラガラと崩れる瓦礫の中、光を背にして佇む人物があった。こちら側から見ているとまるでその人が光を放っているように見えて仕方ない。



「あれ、もしかしてまたお邪魔しちゃった?」



ヒーローとか、王子様とは間違ったって言えないけれど。



「アンタも相当趣味悪いねえ。瀕死になってもそいつに縋りたいほど好きなのかい?」

「…るさい」



光を背に笑う姿、光に溶ける桃色や深海を湛える青の瞳だけは、美しくて涙が出るかと思ったんだよ。



「さァて、こちらさんはさっきのお兄さんかな」



そんな中私の心境も知らずに神威がけろりと言ってのける。その視線の先には薄らと光の下に曝け出された醜い化け物の体があって。



「へえ、それがアンタの正体ってわけか」



笑顔のまま顎に手を当てまじまじと“トロイさん”の姿を眺めている。
形を成さない流動体であるようなその体。あらぬ所から無数の手足が生え、全長は5メートルを優に超えようかというほどだ。気味の悪いその胴体には顔らしき場所はなく、その中央辺りに大きく裂けた目と口だけがそれぞれ存在しているという有様だ。



「よく覚えてないけど、確かどっかの星にアンタみたいのがいた気がするよ。他人の腸を食い破りその皮を被って狩をする――名前も忘れちゃったけどね」



だって弱かったんだもん。子供が悪戯をした時のような口調は相変わらずで、しかしそこからはこの生き物たちと戦ったことがあるような素振りが窺えた。
恐らくはその際の報復か。もしくは星に上陸した際何らかの手違いでこの生き物が入り込んでしまったのだろう。



『…オマ、エ』

「ん?」

『オ、マエ、ミンナコロシタ。オデ、イキノコッタ』

「うんうん、それは凄いや」

『ダカラ、ニンゲン、クウ。クッテ、モット、イキル』

「へえ、そう」



うぞうぞと体を蠢かせながら、声とは言えぬような声で言葉を紡ぐそいつ。適当に相槌を打ちながらも神威はにこにこと笑っていて、その全く腹の読めない笑顔が異様に恐怖を煽るような気がした。






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