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□喜劇
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「うース」



その日一番のお客は二階の住人その一だった。
だらだらとした喋り口調に立ち居振る舞い、珍しい銀色の髪はしかし不幸にも呪いのようにうねりまくっていて、更には目まで死んでいる。にも関わらずその男はここに来る度傍若無人な態度を繰り広げては、飲み食いするだけして帰って行く。はっきり言ってただの穀潰しである。



「いらっしゃ――何だ、銀さんか」

「ちょ、何だってのは何だコラ。それは流石に傷つくからね。銀さん以外に壊れやすく出来てるからね」



気合いを入れて出迎えたのに、やって来た客がこいつではやる気も霧散しようというものだ。他愛ない会話をしながらガタガタと席に着いた銀さんは「取り敢えず焼酎」とのたまった。取り敢えずの癖して焼酎かいィィィ!てゆうか取り敢えずって何だ、この上ツケを上乗せしようとでもいうのかこのくるくるパーめ!
そう隠そうともせず心の底から言い放てばギクリとした様子で肩を竦める。「いやまあ、不景気だし色々大変なのよ生きるということも」何やら御託を並べ始めた天然パーマほどうざったいものはない。私はそれをはいはいと適当に聞き流しつつ、しかし手元では既に焼酎の準備をしていた。それを見て銀さんがニタニタと笑う。



「何だ、結局出してくれるんじゃん」

「うるさいな、いらないならしまうよ」

「全く相変わらずとんだツンデレ娘だなコノヤロー」



誰がツンデレ娘か。じとりと視線だけで抗議しつつ焼酎を水で割る。何で割るかなんて聞いてもいなかったけど、取り敢えず一番お金がかからないだろうと判断し、水と焼酎を9:1の割合でいれてやろうと思いました。



「はい、水割りでーす」

「んんサンキュー。しかしお前ね、これはないんじゃないの?何でこんなに透明度が高いかなこれ。銀さん見てたからね、ザブザブ水入れる様を克明に見ていたからね」

「サービスでーす」

「どんなサービスぅぅぅ!?もうこれは焼酎の水割りじゃねーよ水の焼酎割りだよバカヤロー!」



あれ?でもそれってなしではなくね?アリだよねむしろ?何やら自問自答を始めた天パはさておき、私は任されていた煮物の蓋を開ける。するとふわりと芳しい香りが鼻孔をかすめ、思わず頬が綻んだ。



「ん、今日は煮物か?」

「ピンポーン。超美味そうでしょ」

「うん美味そう。エプロンして煮物作ってるとか、何か新妻プレイみたいでムラムラす「作ったのはお登勢さんだけどね」

「ゔおえェェェェェ!!!!」



にこりと笑って言えば、心外にも胸を押さえ吐瀉の真似事をしてみせる。(真似事だよね?)腹が立ったので飲みかけのグラスに更に水を足してやった。ざまァ見ろ。これでアルコール分はほとんどなくなったに等しい。

そんな馬鹿げたやりとりをしているうちに次第にお客さんが集まり出す。何人か常連さんも現れて、今はたまちゃんが対応しているところだ。



「(そろそろキャサリンさん呼ばなきゃな)たまちゃーん、これおしぼりここおいとくね「お客様、気安く触られては困りますぼぼくされまぐろばろみ」

「「ギャァァァァァ!!」」

「って何してんだァァァァ!!!」



気を抜いていたらどうやら酔っぱらったお客さんがたまちゃんの胸を触っていたらしい、お登勢さんから節操というものを学んでいたたまちゃんのモップが火炎放射器の如く火を噴き出した。



「汚物の処理を完了いたしました」

「汚物とか言っちゃだめだからね!一応そんなんでもヒトだからね!」

「いやオメーも十分だめだろ」



銀さんのツッコミを華麗にスルーしつつ私は奥へと駆け込む。てゆうか開店時間だっつーのにあの猫耳ババアはどこ行った!何が「私奥で煙草吸ッテルカラ、美味シイ場面ニナッタラ呼ベヨ小娘」だァァァァ!!
もう解雇されろよアイツ!そうでなければその猫耳を萌えの神様とやらに返上しろ!

やり場のない怒りに頭を痛めつつよろよろと暖簾に手をかける。お登勢さんは所用で外に出ているためカウンターを離れることは出来ない。そのまま少し声を上げて奥にいる(はずの)キャサリンさんに一声かけておいた。



「ふー、全く…」



声を上げたせいで熱が少し上がったような気がする。厄介だなあと思いながらカウンターに返るとそこにはまだあの銀髪が残っていた。いや、残っているのはいいんだけど、何かアレ、何で鍋に手を伸ばしている?



「わたァァァァ!!!」

「ぎゃあああああづァァァ!!!」



懇親の力を込めて煮え立ったがんもを顔面にぶつけると、そいつはもんどり打って床上でのたうち回る。ふう、全く油断も隙もあったもんじゃない。



「何しやがんだァァァ!!銀さんヒーローなのに火傷でもしたらどーすんだよ!」

「既に手遅れです銀さん。手っ取り早く整形するためにちょっくらこの煮えたぎった鍋に顔面突っ込んで息止めゲームでもやっときますか?」

「ごめんなさい」



素直に椅子に座り頭を垂れた天パによろしいと声をかける。恨めしそうに見上げられた視線は少し涙目だった。そんな目したってだめなんだかんなバカヤロー。






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