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□喜劇
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「んだよチクショー。お前なんてもう一生そうやって煮物を守ってるがいいよ。煮物の守護神になるがいいよ」
「守護神上等ですよ絶対オメーに手出しはさせねー」
「ちょ、何なのこの子」
物欲しそうに箸をガジガジやる銀さんには呆れて溜息も出ない。小学生ですか、言えばジトリとした視線で「心はいつまでも少年のままなんですぅ」という返事が返ってきた。若干…否、かなりうざいな。どうしてくれよう。
鍋の蓋をぶつけようか、それとも焼酎に辛子混ぜてやろうか。そんなことを思案すべくそっと顎に手を置き視線を彷徨わせる。
するとブチブチと恨み言を言っていたはずの銀さんがいきなり静かになり、何だと思えばじっとこちらを見上げてくる視線を感じるではないか。
「…何ですか」
感情の読めない死んだ魚から送られるような眼差しに眉を寄せる。銜えて遊ばせていた箸をぺっと吐き出すと(汚い)、銀さんは少し言葉を選ぶようにしながら口を開いた。
「…少しは、楽になったか?」
「は?」
全く意の汲み取れない質問に疑問符が浮かぶ。体調のことかとそう思ったが、今日熱があることを彼は知らないはずだ。
じゃあ何。分からないことを視線で返せば、困ったようにガシガシと頭を掻く。
「まあババアのことだからな、然したる問題はねェみてーだし、まあ大丈夫か」
「はあ…」
一体何が言いたいのか。全く要領を得ない銀さんの言葉は独り相撲と呼ぶに相応しいだろう。何だろうと思案する合間にたまちゃんに呼ばれ、適当なおつまみとお酒の銘柄の注文を聞いたことでその会話は途切れてしまった。
「帰ったよ」
背中越しに扉が開かれる音を聞く。聞き慣れた声に振り返れば濃紺の羽織を纏ったお登勢さんの姿。パッと表情を明るくして近寄れば、案の定優しく撫でてくれた。
「何だィ、まーた来てたのかィ銀時」
「よォ。まあ一応バーサンの生存確認もしとかにゃと思ってな」
銀さんを認めて言ったお登勢さん。しかしその余計な一言のお陰で鉄拳が遠慮なく振るわれる。
痛ェと頭を抱える銀さんに天罰だと笑って言う。すると何故か一瞬表情を止める銀さん。何だと思って目を瞬かせると、「…いや」という彼らしくない一言が返ってきた。
「…ああそうだ、そろそろ薬を飲む時間じゃないかィ」
「あっ」
お登勢さんに言われて時計を見上げる。既に昼の服用から6時間が経過していて、私は医者に処方された薬を飲まねばならない時刻となっていた。
「いけない、あの先生飲み残すとうるさいから」
「腐っても医者だからね。そんでアンタは患者だ、ここはいいから少し休んで来な」
「…はあい」
反論する前に額をぺちりと叩かれて私はあっさりと引き下がる。店にはたまちゃんもいるし、いつの間にか出てきたらしいキャサリンさんもいる。お登勢さんも帰ってきたことだし丁度いいかな。そう思いお辞儀をして小一時間休憩をもらうことにした。
――のだが。
「――オイ」
ぱさりとエプロンを脱いだ矢先、何故か銀さんに小袖を掴まれた。反動でのけぞり小さく声を上げる。「あ、悪ィ」小さく謝るところをみると反射的に掴んでしまったらしかった。
「いや、大丈夫ですけど…何かご用ですか」
「あ、いや、ご用っつーか何つーか」
もごもごと煮え切らない口ぶりは何となくらしくない。怪訝に思い眉を寄せてのぞき込めば、また言葉を探して視線が泳ぐ。何なのだ、本当に今日のこの人は。
「用がないなら私引っ込みますよ。あんまり飲み過ぎちゃダメですからね」
「え、あ、おう」
生返事に呆れの溜息を漏らしてそれじゃあと私は踵を返す。何もこんな所で呼び止めずとも、上下階に住んでいるのだからいつだって会うことは出来るのだ。
そう思い足を踏み出しかけたのだが何故か体がついていかない。ぐるりと首を回し見上げれば、まだ袖を掴んだままの銀さんが複雑そうな表情でこちらを見下ろしていて。
「…もう、何なんですかホント!ちょっとその手トイレ行ってちゃんと洗ったんでしょーね!」
「バッ…バカヤローそんな俺が不潔みたいに思われる言い方やめてくんない!銀さんの手はいつもクリーンですぅ!例えそれが便所の後手を洗っていないものだろうと!」
「死ねよォォォ!」
掴まれた箇所を思い切りふんだくり、綺麗な手拭いでパタパタと払う。あーあ、こんなに皺になっちゃって。悔しい思いでギロリと睨み付けると、銀さんはたじろいだように両手を胸の前で掲げて見せた。
「い、いやそこまで嫌がらなくても」
「人として良識があれば誰だって嫌がりますよ!こちとら一応食品扱ってるんですから、少しは気を使って下さい!」
「お、おう、悪ィ」
もう知らんとばかりに今度こそ背を向ける。何を言われても振り向かないという態度で歩みを進めれば、案の定背後からかけられる声。
「オイ」
「………」
「え?もう無視ですかコノヤロー」
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