歌唄いの祈り
□1.上京
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小さいころから共に育った兄とその悪友たち。彼らは今や日本の音楽業界になくてはならぬ存在へと成長していた。
「ナツメ、引っ越しの準備は?」
「たった一週間で終わらせましたよっ!ふんっだ!」
「頬っぺた膨らましたってなにも変わんねぇぞ」
「おにーちゃんに怒ってるんじゃないもん!」
「ヤス―、ナツメー?そろそろ時間なんだけどー」
「自分勝手なタクミに怒ってるの!」
「えー、オレなんかしたー?」
「久しぶりに連絡が来たと思ったら、一週間後に最低限の荷物だけ持って上京しろだなんて!
友達ともいきなり別れなくちゃならなかったのよ!私の涙をかえしてよ!」
「なんだ。そんなことで怒るなよ。」
「………!」
「これからはこっちでお前の歌を磨いてやるんだ。そんなこといつの間にか忘れる。」
そう言い捨てて煙草に火をつける仕草に鼻がツンとした。瞳に涙の膜が広がっていく。
ほんっとに暴君はちっとも成長しないんだから!
「タクミの、…オニー!ヒトデナシ!」
「…あ?んだと…?」
「ううっ」
涙目で反抗したけれど三白眼で睨んでくるタクミの形相がそれはそれは鬼のようで
思わず後ずさった。さすが元ヤンである。負けじと反論を述べようとしたその時、新しい声が届いた。
「――――夏芽」
「蓮!」
久しぶりに呼ばれる自分の名前が心地よい。あまりの嬉しさに思いきり飛びついた。
私を力強く抱擁してくれるこの温かさを今も覚えていた。
「オレが恋しかったか」
「蓮のギター毎日聴いてるよ?」
「ギターだけで満足されちゃこの美貌が泣いちまう」
「ふふっ そんなことないよ?相変わらずカッコイイもん」
ふ、と優しく笑うレンの顔は昔と変わらない。それがなんだか無性に嬉しくって煙草が香るレンの身体へぎゅうとしがみついた。懐かしさで涙が出てしまいそうだ。
「オレとレンの扱いの違いはなんだ!」
「お前の優しさは人に伝わりにくいんだ。今回は特に、な」
北の寒い寒―い田舎から一瞬にして日本の中心へと拠点を置いた。私はこれから音楽と毎日向き合って生きていく。この見知らぬ土地で新しい音を育むのだ。