ロンドンの恋人たち

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マネージャー・ジョンは、唇をほんの少しだけ曲げて
「フッ」と苦笑いした。






「トムも君も・・・同じようなことを言うんだな。」

「・・・え?」






アイロンがけを終えたジェニファーさんが、Yシャツを抱え
そろそろと横切って行った。






「だが、こればかりは何の保障もできない。」

「・・・・・・。」

「この騒ぎがいつまで続くかにもよるしな。」

「・・・・・・。」






部屋にYシャツを置いて、ジェニファーさんがまた
そろそろとリビングに戻って来た。
極力物音をたてないようにしているのか、ゆっくりとアイロンを片づけている。






「トムのこと・・・愛してるんだろ?
誰よりも何よりも愛してると思ってるのか?」

「はい・・・っ!」






これは真実。
私は真正面からじっとマネージャー・ジョンを見つめて
深くうなずいてみせた。






「だったらな・・・トムのことを少しは気遣ってやってくれ。
元々はアイツのファンだった君のことだから、トムがどんな男かって言うのは
昔から知ってるんだろ?」

「・・・はい。」






だけど、すぐに私は空気の抜けた風船のようになってしまった。
ああ・・・本当に情けない。






「トムは八歳でこの業界に入った・・・。
映画・バラエティ・ドラマ・CMと、俳優として今も活躍してるのはわかるだろ?
つまり、アイツはまだまだこの業界では無限の可能性を持ってるんだ。
そんなトムが君のせいでゴシップやスキャンダルの餌食にされちまって、
その可能性が絶たれたら、君はどう責任を取る?」

「・・・そ・・・っ、それは・・・」

「おいっ!少しは言葉を選べよ、オッサン・・・!
いい加減にしねえと_______・・・」

「いいの!ケント・・・ッ!やめて!」






椅子から立ち上がり、ケントに向かって声を張り上げた。
ケントは目を丸くしている。






「・・・いいの・・・私のことはいいの・・・
この人の言うこと・・・間違ってないもん。
私・・・自分がトムに会えないさびしさしか考えてなかった・・・。
でも、ちょっとの我慢だもん・・・。
何も別れさせられるわけじゃないし・・・・・。
電話やメールはしてもいいんだもん。
それだけでもありがたいことよ・・・?」

「おまえ・・・・・、」






そこまで言いかけて「あーもうっ!」と声を荒らげ、ケントは頭をガシガシと掻いた。
背後ではマネージャー・ジョンがずずずっと、砂糖汁になった紅茶を飲み干し
「さてと・・・」と、立ち上がる。






「用件を伝えたし、俺はそろそろ失礼するよ。
・・・ミス,ハヤシ。
俳優であるトムの立場を、どうかわかってやってくれ。
じゃあな。」






マネージャー・ジョンは、私の肩をポンと叩き
それだけ言い残すとリビングを出て行った。






「おいっ!待てよっ!・・・オッサン!
逃げるのか!?おいっ!聞いてんだろ!?聞こえてんだろ!?
スルーしてんじゃねえよ・・・っ!」

「ケント!やめて・・・!ダメよ!暴力は絶対にダメ!」






ケンカっ早い性格のケントは、
拳をふり上げながらマネージャー・ジョンの後を追いかけようとしていた。
私とジェニファーさんで一生懸命に押さえつけ、
彼の怒りが一刻も早く鎮まるのを待つしかなくて___________・・・






*






ケントの怒りが、どうにかこうにか治まったのち
意識がぶっ飛びそうになってしまいそうな体に、どうにかこうにか力を入れて
どうにかこうにかカップを片づけて洗って、二階へと向かおうとすると
ケントも私の隣に並んで歩いていた。
彼も部屋に戻るのだろうと思ったのに、部屋に入ってドアを閉めようとした瞬間
ケントがまだ私の後にぴったりくっついてることに気づく。






「どうしたの・・・?」

「おまえは・・・っ!どこまでお人好しなんだよ!?
・・・いや・・・、お人好しの域を超えてるな。
ったく・・・!どこまでバカな女なんだよ!?」

「な・・・何よっ!?」

「人間には多少の我慢が必要なときもあるよ。
俺だって、それくらいはわかる。
だけどな・・・おまえの場合は何なんだよ!?
「我慢」の度を越えてる。
ものには限度っつーもんがあるのがわからないのか?
今のおまえは、爆弾を抱えてるんだよ。わからないのか?
自分のことなのに・・・」

「そんなことな・・・・・、」

「あるんだよ!大アリだよ!
このままだとエリカ自身が爆発しちまうぞ?
また抱える爆弾増やしやがって・・・・・。」

「”また”って・・・」






思わずこぼれ落ちたため息。私はベッドに腰を下ろした。
今は立ってる気力すらない。






「ほら・・・そうやってまた、わざととぼける。
いいか?同じ家に住んでる以上、隠しごとなんかできないも同然だと思え。」

「何よ?どう言う意味よ、それ・・・」

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