ロンドンの恋人たち

【U】
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Sun flower




ひだまりがあったかい、昼下がり。
私は今日も、スケッチブックを開いて鉛筆をにぎる。
大好きな歌を口ずさみながら、
絵を書く。

シーズ・オール・ザットの、
この歌を。



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キスして のぎのある麦畑の外で
夜毎に、青々と茂る草のそばで
くるくるとステップを踏んで、
スウィングするの
あなたはあの靴をはき、
私はあのドレスを着て


キスして 
ミルキーなたそがれどきに
ムーンライトフロアへと誘ってね
広げた手を上げ
バンドを演奏させて 
蛍を踊らせて
銀色の月の輝きの中

キスしてほしいの



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「So kiss ...」


「誰に?」

「え?」


ケント。
ドアの前で、スケボーを抱えて立っている。


「誰にキスして欲しいんだよ?」

「!?」


同じ失敗は、繰り返さない。
私は、急いでスケッチブックを、
しまった。


「僕がしてやるよ?」


ずかずかと入りこんできて、
ケントは、私の隣に腰を下した。


「ケント・・・、からかわないでくれる?」


「キスして、キスして、言ってたのは、エリカじゃないか?」


「歌よ。知らないの?シックスペンス・ノン・ザ・リッチャーの・・・、聞いたことない?」


「なくはないけど。」


「そう・・・。」


ケントがいる限り、
スケッチブックは開けない。

マグカップの中で、冷めかけているミルクティーを飲んだ。


「「・・・・。」」


ケントは私の部屋から出ようともせず、それどころか、椅子に深く座りなおした。



「トム・・・・、」


「えっ!?」


大好きな人の、大好きな名前。
思わず反応してしまう。


「今日だったな。帰って来るの・・・。」


「うん。」


トムは、兄弟でフランスに行くって言っていた。
鯉を釣るのが、趣味とかで。

1週間、少しさびしかった。


おはようや、こんにちわすら、
言えなくて。


「早く会いたいんだろ?」


「・・・・。」


私は、だまって頷いた。
否定できない。


早く会いたい。
早く声が聞きたい。



ケントは、また何か言うんじゃないかと思ってたけど、


「・・・あいつは、前から釣りバカなんだよな。」


と、一人ごとのように呟いて、
立ち上がり、スケボーを抱えて、私の部屋を出て行った。




「・・・・・。」




ドアが閉まったことを確認してから、スケッチブックを開いた。




ケントも、コロンの香りがした。


隣に座ったときに、かすかに感じた。



トムとは違う、コロンの香り。


私の好きじゃない香り。
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