ロンドンの恋人たち
□【W】
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What if...
ロンドンのお天気は気まぐれだった。
曇りがちな天気、パラつく雨・・・かと、思えばコロッとカラッと青空。
夏は日本より比較的過ごしやすい。
「あぁ、もうこんな時期・・・」と、思う瞬間を繰り返し、
ここでの生活にすっかり慣れてしまい、自分は東京ではなく
ロンドンの住人であるように、たびたび錯覚してしまう。
日本と言う、自分が生まれ育った国が恋しくなるときだってある。
家族に会いたくなるときだってある。
友達に会いたくなるときだってある。
だけど・・・
ここ、ロンドンから去りたくはない。
ホストファミリーのあたたかさ。
国籍を問わずにできた友達。
恋しくて、愛しくてたまらないトム。
日本の私、イギリスにいる私。
両方を欲しがるよくばりな思いが、最近の私のひそかな悩みの種_________
*
今の時期のロンドンの平均気温は5℃以下。
コートとマフラーと手袋が必須な季節がやってきたのだ。
「お手紙よ、エリカ。あなた宛てにね。」
「ただいま帰りました。」と、学校から帰宅して玄関でコートのボタンをゆるめ、
手袋を外し、マフラーを解いていると
ジェニファーさんが、ふわふわと柔らかくあたたかそうな
真っ白なタートルネックのセーター姿で、封筒を手にパタパタと足音をたてながら
出迎えてくれた。
「・・・手紙・・・ですか?」
「Thank you」と、その封筒をひっくり返してみると・・・
日本にいる家族からのものだった。
「外は寒かったでしょう?今、あたたかい紅茶を淹れるから
着替えてらっしゃい。」
「はい・・・!ありがとうございます。」
手袋を鞄の中にしまい、コートとマフラーを小脇に
私は2階の部屋へとつづく階段をのぼる。
部屋に入って、荷物一式をベッドに置き
着替える前にその手紙を開いた。
その内容は・・・元気にしているか?と、言うことと
冬休み中の一時帰国の日が決まったら、メールなり電話なりで教えて欲しいとのこと。
いったん、手紙は机の引き出しにしまい
制服を脱ぐと___下着姿になるといっきに、寒さでぶるぶると震えがおこる____
クローゼットからジーパンとピンクのセーターを取り出し、
素早く着替えて部屋を出て、ジェニファーさんのいるリビングへと向かった。
「そうよね・・・、もうそんな時期なのね。
日本でゆっくりして来るといいわ。
きっと、エリカの家族も楽しみにしているだろうし・・・。
あ、でも・・・それなら、トムにも報告した方がいいんじゃないかしら?
きっと・・・さびしがっちゃうかもしれないから。ね?」
ミルクティーが、なみなみと入ったカップから視線を持ちあげて
ジェニファーさんを見つめ、私は曖昧な返事と共にうなずいた。
______そっか・・・
冬休み中、日本にいれるのは楽しみ。
あの懐かしい景色のなかに、自分が再び戻れると思うと嬉しくてたまらない。
だけどトムとはその間、会うことができないのだ。
ああ、私はやっぱり・・・よくばりだ。
「課題が出てるから」と、ジェニファーさんと2杯のミルクティーを飲んでから
自分の部屋へと戻った。
机にノートや教科書やペンケースを並べ
いざ、とりかかろうとした瞬間、すぐそばの携帯に視線が移動した。
「・・・・・・・。」
そっと手を伸ばし、自然と覚えてしまったトムの電話番号をプッシュする。
耳の奥へと静かに響く機械的な音が、余計に自分の心臓を高鳴らせた。
コール音と自分の心臓がドキドキ重なり合うのを感じながら、
それがトムの声へと変わってくれる瞬間を待つ。
_______ダメ・・・か。
10回鳴らしたところで切った。
きっと、まだ仕事がつづいているのかもしれない。
こんなことは日常茶飯事なのに、どうしてだか慣れない自分がいる。
わかってる・・・トムが忙しくて大変なのは、充分わかってる。
だけど、本当は少しさびしい・・・。