ロンドンの恋人たち

【Y】
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It's magical








ゆりかもめに乗って、お台場海浜公園駅で下車する。
レインボーブリッジを目指すようにして、まっすぐ歩き続けると
潮風が、ほのかに海の匂いを運んで来た。

隣を歩くトムは・・・・・
見慣れない風景を楽しんでいるように見える。

私には、わりと見慣れた風景。
友達と何回か遊びに来ただけあって。

だけど、トムとこうしてここにいると
見慣れているはずのこの場所が、胸の奥が甘酸っぱくなるほど新鮮に見えて
ソワソワしてしまう。









「まず・・・どこに行くの?」









トムは、私の手を握りながらたずねた。










「・・・ジョイポリス!室内遊園地みたいな所。」







私もギュッと、トムの手を握り返す。











「室内遊園地・・・?」

「行ってみればわかるって!
狭い場所を一気に走るジェットコースターもあるの。
結構スリルがあって楽しいわよ?」









「こっち、こっち!」と、私がトムの手を引く形で歩き出す。








時間が経つと消えてしまうわけでもないのに、
逃げて行くわけでもないのに、
トムも私も、ほんの少し早足になった。









「エリカ・・・あの音は何?」












少し進んだところで、トムが足を止めた。
私も足を止める。
その”音”は、私たちの進行方向とは真逆の方向から響いて来た。

海に面した、青空の向こうまで響き渡りそうなほどの音。
これは・・・前に来たときにも聞いたことがある。









「すぐそばのホテルからね・・・。」

「・・・ホテル?」

「ほら、あそこに見えるのがホテル。
きっと、結婚式があるのよ。」











レンガのような色をした外壁のホテルを指さした。









「じゃあ・・・これは、ウェディングベルか!」

「そうね・・・きっと。」








私たちがいる場所は、広場のようになっていて
ホテルの中庭が見下ろせる。

どちらからともなく、ウェディングベルの音に導かれるように
先ほどの目的地とは真逆の方向に向かって、歩き出す。

これから結婚式が行われるチャペルに向かうであろう、
タキシード姿の男性と、留袖姿の女性の間に、純白のドレスに身を包み
ヴェールとドレスの裾を揺らしながら歩く花嫁が見えた。

そんな、幸せそうな光景を数十メートル先から眺める私たち。











「花嫁さん・・・すごく綺麗ね。」









全く知らない女性なのに、ため息がこぼれてしまう。
あの人の花婿はどんな人なのだろう?
あの人は、どんな恋をして結婚式を迎えたのだろう?








「・・・きっと・・・、エリカだって・・・
すごく、綺麗で可愛らしい花嫁になるんじゃないかな。」











「え!?」と、しか声が上がらなかった。
トムは薄青い瞳を細めている。










「・・・ど、どどどうかな・・・。”結婚式”とか”ウェディングドレス”とか・・・
小さい頃から何度か憧れたことあったけど・・・
なんだか、自分にとっては・・・まだまだずっと、夢の中の夢のように
遠く感じるし・・・まともに想像したこともないや。」









______トムは・・・


トムのタキシード姿を、そっと思い浮かべた。
彼はシルバーのタキシードを着るのだろうか。
それとも、花嫁のドレスと同じ真っ白なタキシードを着るのだろうか。

花嫁・・・

トムだって、あと数年もすれば結婚を真剣に考えるのかもしれない。
トムは、誰を花嫁に選ぶのだろう。
誰と結婚するのだろう。

誰と________・・・









「・・・・・・っ!」








エマと、ケイティ,ラングの顔が浮かんだと同時に
胸が張り裂けそうなほど傷んだ。










「・・・エリカ?」

「え・・・あ、ごめん・・・。何でもないの。」









あと数年後の私たちは、お互いにどこで何をしているのだろう。
そんな考えをよぎらせながら、私はトムの隣を歩いた。
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