ロンドンの恋人たち

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Pride


ほんのりと赤みをおびた紅茶から立ちのぼる湯気を、私はじっと見つめる。
真正面に座るトムのマネージャー、ジョンは
真冬だと言うのに薄着で、体の一部のように家の中でもサングラスは外さない。






「・・・外でトムとふたりきりで会うのは禁止だと言うことですね?」

「その通り。」






うなずいたマネージャー・ジョンは_____以下、そう呼ぶことにしよう。_______
芋虫のようにずんぐりとした指で角砂糖をつまむと、
ぽちゃぽちゃとカップに放りこんで行く。
1・・・2・・・3・・・4・・・
これじゃあ、紅茶じゃなくてただの砂糖汁じゃないの。
マネージャー・ジョンは、ずずっと音をたてて
砂糖汁同然の紅茶をひとくち飲んで腕を組むと、椅子の背に寄りかかった。






「聞いてもいいですか・・・?」

「ああ。」






鼻息荒くため息をつく、マネージャー・ジョン。
サングラスのレンズ越しに私をにらみつけているのは間違いない。
その迫力だけでテーブルの下にもぐって縮こまりたい気分だけれど
そんなわけにはいかない。
怯むな、私!






「じゃあ・・・せめて、トムをこの家に招くことは許可して「・・・ダメだ!」

「・・・・・!?」






マネージャー・ジョンは、またもずずずっと紅茶を飲む。
隣のリビングではケントがテレビを観ていて、
チャンネルを無造作にパチパチと切り替えている。
そのたびに聞こえて来る、場違いな陽気な笑い声や音楽。
きっと、ケントもケントで
この家が重苦しい雰囲気になっていることを感じ取ってるに違いないはず。
普段はこのテーブルでジョンさんのYシャツのアイロンがけをするジェニファーさんも
今日ばかりはリビングのやや小さめなテーブルで、せっせとアイロンがけをしていた。
ふたりにこうして気を遣ってもらっていることがひしひしと感じて、恐縮してしまう。






「連中には既に、この家に君がいて隣がトムの家と言うことはバレバレなんだ。
つまり・・・カメラを手に、家の周りをいつ・どこでウロつかれてるのかもわからない。
家を行き来するだけでも、奴らには充分”いい餌”になっちまうんだ。」

「・・・・・・。」






痛いところをつかれてしまった・・・。
悔しくても何も言えないもどかしさを、
テーブルの下でスカートの裾をギュッとつかんで堪えた。






「・・・よお、オッサン。口挟む気はなかったけど、黙って聞いてりゃあ
何だよ!?え?エリカは、オッサンと恋愛してるわけじゃないんだよ。
何でもかんでも上から目線で勝手に決めつけやがって・・・!
トムに会うことは禁止。もちろん、家を行き来することも禁止。
それじゃあ何だ?とっとと別れろってことか?」






ケントはリモコンを放り投げると、ぐるりと上半身だけひねって
マネージャー・ジョンをにらみつけた。
マネージャー・ジョンの方も、たかがこれしき・・・と、言わんばかりだ。
私とジェニファーさんがヒヤヒヤして、ケントに「やめて」と
言うのはほぼ同時だった。






「・・・そうまでは言ってない。
ふたりで会うことは俺が許可するまで禁止と言うだけであって、
電話やメールのやり取りは今まで通りにすればいい。」

「あの・・・っ、もうご存知かと思いますが・・・
私、イギリスにいられるのはあとほんの数ヶ月なんです。
今通ってる高校を出たら、日本に帰ります。」

「ああ。それは知ってる。」






背中で、ひしひしとケントがこちらをにらんでいる気配を感じる。






「それまでには許可が下りるのかだけ教えて下さい。
私としては・・・このままトムに会えないまま日本に帰るのは嫌です。」

「・・・・・・。」






さらにのしかかる、重たい沈黙
だけど・・・言えた!言ってやった!
マネージャー・ジョンは相変わらず私をにらみつけたままだけれど、
ボコボコに殴られるわけじゃない。
堂々としてればいいのだ。
そう思い背筋を伸ばしたものの、情けないことに手の震えだけは止まらない。

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