ロンドンの恋人たち

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パンドラの箱




_____近道だからと公園を横切って帰ったことがいけなかった!?
ダンの言葉に甘えて、ちゃんと家の前まで送ってもらえばよかった!?
そうしたら、何も知らないままでいれた・・・!?_________________

「おかえりなさい。」と迎えてくれたジェニファーさんの笑顔で
私は家に帰って来たんだとハッとする。

ついさっきのことだったのに、“あの後”
トムと何て言って別れたのかも思い出せない。
もしかしたら、トムがわかったと頷いてから何も言わずにその場を去ったのかもしれない。心ここに有らずな状態のまま歩いて来て
よくもまあ、あちこちぶつからないで帰って来れたなと苦笑いしてしまう。






「楽しかった?あちこち出かけてお腹すいたでしょ?
すぐに夕食にしましょうねっ。」

「・・・・・・・・・・。」






_______ダメだ・・・






「・・・エリカ?」






ただいまとだけ言って、黙りこむ私を見て
ジェニファーさんが不思議そうに首を傾げた。

押し寄せる高波のようだ。
瞼の裏ものどの奥も熱くなっていて、ほんの少しでも油断すれば
涙が出て止まらなくなってしまいそうで。
それでも、ジェニファーさんやジョンさん、ケントのいる前で泣くなんてことは
絶対にしたくなかった。
わんわんと泣いてしまうなんて、幼稚のようで滑稽だし
悲劇のヒロインぶってる女になってしまう。
何より、こんなにも優しくてあたたかい人たちに心配をかけたくなかった。






「え、あ・・・ハイ!すっごく楽しかったです!
ダンと遊びに行って色々食べたり飲んだりしたんですけど
久々にたくさん遊んだから・・・かなあ・・・。
お腹ペコペコです!」

「そう・・・よかったわね、いい気分転換になったみたいで。
鞄置いて着替えてらっしゃい。用意しておくわ。」

「・・・はい、ありがとうございます。」






私は足早にリビングを出た。
涙を堪えると言うのは、高波を押さえつけるくらい困難なことなのだ。
つまりは不可能に近すぎると言うことで
私の涙は、もはや津波のようだった。






「ケント?どこ行くの?すぐに夕食なのよ?」

「・・・自分の部屋。すぐに降りて来るよ。」






涙で視界がぼやけて、ふらつきながらも
手すりをギュッとつかんだ。






______我慢しろ、私・・・






せめて、自分の部屋までは堪えないと。
のろのろと階段をのぼっていると
力強く肩をつかまれて後ろへと引き戻されそうになった。






「・・・きゃ・・・っ!」

「・・・っと、危ねっ」






危うく後ろにのけ反ったまま、転がり落ちそうになったところを
ケントの手が力強く押さえつける。






「・・・・・・」






どうにか上半身を起こして、ケントに背を向けたまま
手すりに寄りかかった。
気づかれないように、そっと手の甲で涙をゴシゴシとこする。






「おい、エリカ!母さんから聞いたぞ。
あのダニエル,ラドクリフとか言ういけすかない野郎とふたりで出かけたんだって?」

「・・・うん。」

「何かされたりしなかったか!?」

「・・・な、何言ってるの?何もないに決まってるじゃない。
ドライブして食事して映画観て帰って来ただけだよ・・・。」

「・・・運がよかったな。気をつけろよな、全く。
ああ言う男こそ、下心ありありなんだぜ?
確かに、気分転換で遊びに行くのは必要だけどよ
さすがに奴とふたりきりはまずかったんじゃないのか?
デートじゃないかよ・・・!
いくら最近会ってないからって、トムが知ったら
ヤキモチ妬きまくるんじゃねえか・・・・・?」

「・・・いいの。大丈夫。」

「大丈夫!?・・・ハッ・・・!何を根拠に言えるんだよ?」

「・・・・・・。」

「おい、エリカ・・・!」

「・・・・・・。」

「こっち向けよ。」






ケントの両腕が伸びて、私の肩をがっしりとつかんだ。
その力の強さで嫌でも私の上半身は彼の方へと向く。






「・・・何だよ・・・その顔・・・、やっぱり何かされたのか!?」

「何もないって言ってるでしょ!私とダンは友だち同士で
それ以上のことがあるわけないわ!」

「じゃあ・・・何で普通に遊んで帰って来てそんな顔してるんだよ!?
アイツじゃなかったらトムか・・・!?
トムと何かあったのか?アイツとトムがついに殴り合いのケンカになったとかか!?」

「違うってば!」

「・・・!?」






お腹の底から、のどの奥から張り上げた声が
思わず怒鳴り声に近くなってしまい
ケントの目が丸くなった。






「・・・とにかく・・・本当、何もないから大丈夫よ。
トムとのことも・・・・・・」






“<もう・・・おしまいにした方がいいのよ、きっと。>”

‘’<これ以上・・・エリカが辛い思いをするのなら・・・・・
別れるしかないか・・・・・。>''







ああ、最後の最後に目を合わすこともなかった。
それだけは覚えている。

喉の奥が痙攣してヒッと鳴ると同時に、私は口元をおさえた。
噴出するように涙があふれ、慌ててケントに背中を向けた。






「・・・トムとは・・・終わりになったわ。」

「・・・終わり・・・?終わりってまさか・・・
別れたとか言うんじゃないだろうな?」

「その通り・・・別れたわ。」

「な、何だよ!?何でまた・・・」

「・・・ごめん、ケント。
ジェニファーさんたち待たせると悪いから、部屋に行くね。」

「おい・・・っ!ふざけんなよ、待てよ!
まだ話が終わってないだろ・・・っ!?」

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