何処とも知れぬ世界、何時-イツ-とも知れぬ時代-トキ-

□初雪
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何処とも

知れぬ世界の、



何時(いつ)とも

知れぬ時代(とき) ――










この処、雪が降り続いている。
一尺ばかり積もった雪が行き帰りの道で邪魔をする。青年有髪僧が一人、その凍える程寒い中を身震いもせず、淡々と歩いている。

「…寒い。」

どうやら素振りは見せずとも寒かった様だ。
有髪僧はやがて寺の御堂に着くと、手持ち桶を縁側に置いた。
ゴトリ、と音がして、剃髪した僧侶達が愉(たの)しげな会話を止め、一斉に有髪僧を見る。

「遅かったですね」

丁寧な口調とは裏腹に、言葉に棘が含まれる物言い。言葉のみではなく視線も、顔付きも、何もかもがさも自分が有髪僧より勝っていると云う自信に満ちている。もとからあまりよくない顔の見映えは、更に悪くなっていた。体格もゴツく、質素倹約な僧侶とは思いがたい。

「…先日も云いましたが、今日から客人が私達の寺に預けられるそうです。
本堂だけとは云わないので寺中全て、掃除しておいて下さい。」

まるで和風シンデレラのような待遇に、有髪僧は

「解った。」

とだけ答えると、寒い雪の中を運んで来たばかりの水に雑巾を浸した。





「ふん。アイツ、捨て子のクセに」

本堂でだべっていた僧侶達はチンピラの様にゾロゾロと廊下を歩く。

「死んだ和尚(ジジイ)が拾ってやっただけ、感謝してキビキビ働けばいいモノを」

「いっそのこと、今からでもまた棄ててくるか和尚さん?」

下卑(げび)た笑いとともに従っている僧の一人が揶揄(やゆ)めかして云う。
先程先頭に立って有髪僧をイビっていた僧…最近この寺の最高権力者になった和尚は僧侶達に顔を向けた。

「お楽しみの前にそんな下らない話をするな。胸クソ悪くなる…」

寺の住職にあるまじき暴言を吐き捨てた後、和尚は気持ちの悪い顔でニタリ、と気持ち悪く笑ったのだった。





「さあ、着いたぞ。今日から暫く御世話になる寺だ。良い子にして、我が家名に瑕(きず)を付けぬように。…わかったか?」

寺の門前で貴族らしき男が一人の少年を連れていた。

「はい、御父上。」

歳の頃は十(とお)くらい。出来るだけ凛々しく見える様に心掛けている様だが、如何せん、顔が可愛過ぎた。
小顔で鼻は小さく少しだけ上を向き、柔らかそうな唇、貴族の御姫様も此(か)くやと云わん程さらさらの髪、極めつけは元気さを表した大きな瞳だ。
どれだけ頑張っても、五人に一人は美少女と見間違えるだろう。
少年が応えた後、沈黙を伴いながら二人して寺の中に入って行くと、不細工でゴツく頭の悪そうな和尚と、似たり寄ったりの美的価値の僧侶が笑顔で立っていた。

「ようこそ私共の寺へいらっしゃいました。此の寒い中に御足労でしたね…ささ、中へどうぞ」

そう労(ねぎら)いつつ、貴族の少年と其の父親を寺の中へと招き入れる。






「それでは、儂はそろそろ。息子を宜しく頼むよ」

半刻程の和尚との話の後、貴族の男は席を立って背を向けた。
和尚はニンマリと笑った顔で立ち上がり、男を見送る為にそそくさとついて行く。

「はい。私共が責任をもって息子さんを御預かり致します。」

今にも揉み手をしださんばかりのゴリラ、基(もとい)、和尚。果たして本当に肉を食べずに精進しているのだろうか。
ピシャリと、戸が閉まった後、ゴリラ和尚は急いで先程話をする時に使った、少年が居る筈の部屋に戻る。

「ククク…」

道中、笑いが止まらないといった様子のゴリラは恐ろしい程に気持ち悪かった。


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