Red×Gray

□第一話 殺戮の帝国
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第一話 殺戮の帝国
 ―灰色の街―
  夕暮れ時、バウリは店を閉めるために、表へ出た。少し小高い丘の上にある飲食店『バルド・ベア』。そこがバウリの仕事場だ。店の正面からは大通りの下り坂がのび、わきは様々な店や建物に彩られている。そして、通りはちょうどこの店の前で二手に別れ、複雑にのびていく。
 バウリは西の空に輝く赤い夕日に目を細めた。夕日に赤く染められていく街並み。東の空には夜がやってきている。通りは家路を急ぐ人でごったがえしていた。冷たい風が身にしみて、バウリは少し身震いした。春が近いとはいえ、まだ肌寒い。
 バウリは目の前を通りすぎる人々に目をやる。皆浮かない顔をしている。それもそうだろう。欧米諸国は今新大陸の植民地獲得に忙しい。ここイギリスも同じ。戦争をしては先住民たちから土地を奪い取り、植民地にして、先住民たちに過酷な労働を強いる。いわば、ドレイというやつだ。先住民たちは、こちらのように進んだ武器は持っていない。だから侵略はそう難しくない。しかし、やはり戦争だ。死者は出る。その上、新大陸から銀・金が大量に入ってきて物価が上がり、経済も混乱しているようだ。国際関係も上手くはいっていないらしい。
 そんなこんなで社会は混沌というわけではないが、混乱はしている。しかし、一方でこの国が発展しているのも確かだ。本当に晴れ晴れとした浮かれ顔をしているのは、金持ちや政治家、魔術師ぐらいだ。ここ最近店はそういう話題で持ちきりで、皆が酒を飲み、グチをこぼしあっている。
 過ぎ去っていく人の肌は皆驚くほど白い。浅黒い肌のバウリは“最初”もそうだったが、その白さがやはり見慣れない。向こうも同じだった。こっちの人間は誰もがバウリの肌の色や外見の違いに驚く。バウリの真っ黒な髪や青みがかった黒い目が珍しいらしい。仕事場でもそうだが、皆はバウリをエジプトか中東アジアの人間だと思っている。だがごくたまに、意地の悪い客はバウリのことを「人食いインディオ」とひやかす。(ある意味は当たっている、バウリはそう思っていた。)嫌がらせなんてしょっちゅうだ。こっちの言葉をなんとか覚えたものの、やはり微妙ななまりのようなものがある。そのせいで、もともと無口なのが、さらに無口になった。
 バウリは鉄のとってにかけてある「OPEN」と書かれた札を裏側の「CLOSE」にした。夜は酒場となり、男たちが大勢やってくるのだが、土曜は夕方に早々と店を閉める。
 バウリはもう一度赤い夕日を見た。太陽が沈む…、沈んでも明日には必ず昇る、そうわかってはいるが習慣は怖い。やはり少し不安になる。太陽…、自分たちが、自分が信じ、敬ってきた神。日中はあんなにまばゆく輝いていたのに、今はあんなに弱弱しく揺らいで光を失っていく。まるで…「故郷のようだ。」バウリは思わず、故郷の言葉でそうつぶやいていた。そして、その赤さに恐怖を感じた。“あの日”を思い出しかけ、バウリは首をふった。思い出すだけで、はらわたが煮えくりかえる。バウリはそのまま、店の中へ戻った。

 
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