Red×Gray

□第二話 太陽の帝国−1533年インカ帝国−
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第2話 太陽の帝国
 ―1533年 インカ帝国―
 ―予感―
 バウリはあまりのまぶしさに目を覚ました。おそるおそる目を開けると、そこには太陽がさんさんと輝いていた。眠っていたみたいだ、バウリは手をつき体を起こす。掌に感じる柔らかな草とごつごつした大地の感触。バウリは思いっきりのびをして、息を吐いた。山の上のさわやかな空気を胸いっぱいに吸う。
 コンドルの鳴き声がして、バウリは空を見上げる。ここからなら、空にでも手がとどきそうだ。なのに、遠い遠い空。コンドルは空に一番近い場所を飛んでいる。勇壮な姿。彼らにはこの山と岩だらけのこの国がどう見えているのだろうか、バウリはふと思った。 まだ見たことはないが、『ウミ』というものが山を下りた先にはあるらしい。どんなものなのだろうか。その向こうにはなにかあるのだろうか。彼らは知っているのだろうか。
 バウリは再び草むらの上に寝転んだ。考え出すと、疑問は溢れ出してくる。コンドル…。二、三年前だったか、広場に一匹のコンドルが落ちた。太陽の神への感謝の祭りをしているときだった。どうやら、ワシに襲われたらしく、空には一匹のワシが舞っていた。コンドルはこの国では<太陽の使者>として、大切にされてきた。人々はコンドルを懸命に治療したが、そのかいなく、コンドルは死んでしまった。バウリは単純にコンドルの死を悼んだが、人々はそれを不吉なことの前兆だ、と言った。父さんもコンドルが死んだと聞いて、渋い顔をしていた。
 そういや、父さんは何をしているのだろうか。最近おじと戦い、勝利したと聞いたが、まだ帰ってきていない。祭りでもしているのだろうか。バウリは祭りと戦い好きな父親を思い、やれやれと肩をすくめる。
 そして、空を見上げる。また領土が広がったのか。バウリはため息をついた。自分がいつかこの広大な地を治めるのだろうか。その日を思うと暗く陰鬱な気分になる。
 バウリには一人姉がいる。彼女は男ではないので王位を継承することはない。母親はバウリが小さいころに死んだ。正統な王位継承者はバウリだけなのだ。いつか父は自分に王位を譲るだろうが、バウリは政治とか戦争とか、ましてや王位にも富にも興味がなかった。
 むしろ、みのりゆく作物を見ることやこうして野山へ行きのんびりと平和に過ごすことが好きだった。狩は好きだが、戦争は違う。無駄な殺しは嫌いだ。姉にも言われたが、自分は一国の王に向いた人間ではないのだと、自分でも思う。それでも、王位は継がなければいけないだろう。
 そのせいで、道を歩けば人々は深々とおじぎをする。姉は笑顔でそれに応えるが、バウリはとてもそういう気にはなれなかった。みんなが尊敬と畏れの目で自分を見る。それが嫌で朝早く起きて山を登り、里を離れたこの場所へ来ては夕方まで帰らない。

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