longStory

□慟哭 9
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「暫くはこの部屋使ってね。時人さん。」
するりと襖を開けながらゆやと時人は広い部屋に通された。

艶やかな笑顔を浮かべて促す幸村にゆやは軽く会釈して時人の背に手を回して部屋に一歩踏入れた。

部屋の中は小さな円卓一つと床の間に掛けられた掛軸。

質素と云う言葉がピタリと当てはまるその部屋に入って時人は漸く大きく息を吐いた。

思えば満足に呼吸すらしていなかった気もする。


「ごめんねー?なんにも無い所で。一応幽閉されてる身だからさー。」

押し入れから座布団を出して並べながら幸村はどうぞと促した。

素直に座ったゆやと時人を見て、幸村も円卓を挟んで時人の正面に座った。

「けど嬉しいなー、此処にこーんな可愛い子が二人も来てくれて
「は、はぁ…」

緊張感の欠片も無い幸村の態度にゆやも釣られて曖昧な返事をする。
(前から思ってたけど本当に判んない人だわ…)
呆れとも嘆きとも思えるその思考が顔に出たのか、幸村は少し肩を竦めた。

「ゆやさん、久しぶりの旅で疲れたでしょ?お風呂用意してるから入っておいでよ。」
「え?…でも、」
「いいから、ね?」
ウインクしながら笑顔を向ける幸村に辞退も出来ず、ゆやは渋々腰を上げた。
「浴衣も用意してるから、楽しみにしてるよー。」
ゆやは時人をちらりと見て、じゃあお言葉に甘えてと言いながら部屋を後にした。

ゆやが部屋を出た後、幸村は改めて時人を見た。

蒼白な顔、乾いた唇、艶のない髪。

虚ろに開いた瞳は泳いで焦点が合わないのか。
半ば放心した様子の時人に幸村は穏やかに話しかけた。

「…時人さん。」
「…………?」
漸く視線を合わせた時人の瞳を覗く様に幸村は視線を反らさず口を開いた。

「君はどうしたいの?」
「…僕……?」
「そう、君。」


僕?
僕がなんだって?
どうしたいのって?
なんで?

「…時人さん、今此処に時人さんがいるのはアキラさんも知ってるよ。そしてもう少しで狂さん達も来る。」
「…………。」
幸村は片手で肩に掛かった髪を軽く払いながら横目で時人を見た。
時人は幸村にその長い睫毛に縁取られた瞳を向けていた。

心底、質問の意味がわからないとその瞳で訴えて。
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