ショート
□涙
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大切な人が傷つくなら、自分が傷ついた方がいい。
それでその人が笑ってくれるなら、私も笑える。
だから、自分のせいで人を傷つけるのだけは絶対に許さない。
キミが悲しんだら、自分を見失ってしまう――……
「私に文句があるんでしょ?だったら直接私を狙いなさい!!」
「じゃあ言わせてもらうけど、邪魔なのよ!!カカロットを独り占めして、それで勝ったつもり?」
「別に、私はアンタたちと競った覚えはないけどね」
「今日1日、カカロットは何をしてたかご存知?ずっと、私の相手をしてたのよ」
女の言った意味を理解するのに、そう時間は掛からなかった。
そして、想定内の彼の行動に、私は動揺しない。
「ナマエ…」
「生憎、私とカカロットくんには体の付き合いってものがありませんでしたから。発情期の男なら当然、解放しなきゃ身が持ちませんよ」
「…そう。ますますあなたが嫌いになったわ」
「好かれたいとは思ってないです」
「今はもう気がすんだ。でも、これで終わらないわよ。あなたを憎んでる女は多いってのを、肝に銘じときなさい」
私を憎む……か。
カカロットくんがモテる理由は、やはり性的な意味が強いだろう。
彼は己のためだけに女を抱いた。そしてその分だけ、快感に溺れた女がいるということだ。
私も、彼のお遊びに溺れた女。
でも…
「大丈夫ユウジン?ケガはない?」
「押されて尻餅ついて、ナマエがすぐに来てくれたから平気だよ。ありが」
「ごめん」
卑怯な奴らもいる。だからターゲットをユウジンにされるのは予想できていた。
けどそれが悔しくて、私自身を、許せなくなってしまう。
「カカロットくんを好きにならなければ、こんな事に…ユウジンを傷つけなくてすんだんだよね」
「それは違うよナマエ!私、ナマエに巻き込まれたとか思ってない!第一、一番傷ついてるのは…」
「でも大丈夫。これから全部ケリをつけるから。ほんと、ごめんねユウジン」
ジャージについた砂埃を叩き、ユウジンに笑ってみせた。
そして私は、ユウジンの涙を見てみぬふりをするために、背を向けて歩き出す。
『困ったときはオレの名前を呼べ。助けに行くから』
彼はまだ、屋上に居るだろうか。
だがもし居たら、私は何を言えばいい?
好きです。か、助けてください。
愛情と友情を天秤にかけても、どちらも同じ重さである。
今まで支えてくれたかけがえのない親友。
今を逃せば、永遠と手が届かない彼。
考えても答えは出ない。
だから第一声の言葉が答えだとしよう。
そう思って、私は屋上への扉を開いた。……が、
「さっさと答えろ」
「カカロットさ、ちょっと待つだよ!」
私がよく知る金髪の彼は、物陰に隠れたもう1人の少女、チチちゃんと一緒だった。
彼にとっての屋上は女の子を連れ込む場所だから、ああそうなのかって、頭では理解しようと言い聞かせる。
でもさすがに、2つの影が重なうのを目の当たりにしてしまえば、私は逃げることしかできなかった。
『ナマエも頑張れよ』
なぜそう言ったのか、なんとなくわかったよ。
やっぱり私は、カカロットくんの暇つぶしでしかなったんだね。
『もしもしユウジン?ごめん、今日は先に帰ってて。……うん。ごめん、気をつけてね』
本当は来る予定なかったけど、自然と足がここへと向かってしまった。
あまり使われていない、視聴覚室。
ここに私を招待したのは、もちろん昼間にお会いしたあの男だ。
男は夕日が差し込む窓際の席に座り、腕を頭の後ろで組んで脚を机に乗せていた。
「待ってたぜ、ナマエちゃん」
妖艶な笑みで歓迎する男に、不覚にも色っぽいと感じてしまった。
それはきっと、不思議と心が落ち着いているせいだろう。
この先なにが起こるかわからないというのに、自分でも怖くなる。
ただ、思い描いていたものが一瞬にして絶望と化してしまった今、これ以上私の心を抉るものはないだろう。
(どんな言葉でも、全て受け止める覚悟できたわ)