09’譲誕生日企画

□特別な
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<特別な>


酒屋からの帰り道、譲は一升瓶を大事そうに抱えて上機嫌だった。

景時の好みを店員に伝えて選んでもらった高級地酒。

普段買っている酒が、これ一本で10本近くも買えてしまう値段には少し驚いたけれども。

それも景時の喜ぶ顔を思い浮かべれば、たちまちどうでもいいことのように思えてしまう。

だって今日は2人の記念日だから、いつもと違う「特別」な物でお祝いがしたい。



とはいっても、実は2人の間に記念日はわりと多くある。

いや、通常のカップルに比べれば非常に多い。

両想い発覚記念日。初手繋ぎ記念日。初キス記念日。初エッチ記念日。初…etc。

これらの「初」記念日類々は、何故かこの2人の間には月ごとに訪れる。

「初めて手を繋いでから7ヶ月記念日」といった具合だ。



まあ、それ自体に不満はない譲なのだけれども。

むしろ、こんな記念日を大切にしていきたいと思っている譲なのだけれども。

どうしても不満に思ってしまうことが一つだけある。

それは…。



景時が記念日を全て覚えている、ということ。

「ウチの旦那、結婚記念日も覚えてないのよっ」と立腹する全国の主婦が聞けば、嫉妬と羨望でハンカチを噛み締めるような話だが。

それでも譲にとっては、少々不満に感じてしまうことなのだから仕方ない。

というのも、遡ること半年前の話。



「今日は両想いになって1ヶ月目の記念日なんです。だから一緒にお祝いしましょうね」



譲はテーブルいっぱいのご馳走を用意して、仕事から帰ったばかりの景時に笑顔を向ける。

当然、景時は目一杯驚いた後に、すごく喜んでくれるだろうと信じていた。

それなのに、景時の反応は別のものだったのだ。



「あはは〜。譲くんも同じ事を考えていたんだね」

「え?景時さん、知っていたんですか?」

「うん。オレもね、ずっと前から「今日はお祝いしなくちゃ」って思ってたんだよね」



そう言いながら景時が差し出したのは、ピンクを主に纏められた綺麗な花束だった。

花束はとても綺麗だったし、景時の気持ちは凄く嬉しい。

けれども譲は、心のどこかで少し残念に思う。

だって、絶対絶対、俺の方が景時さんを好きなのに。

今日はそれを言葉ではなく伝えられる、絶好の機会だったはずなのに。



この日を初めとして、この後の2人の記念日はいつもいつもこんな感じだった。



でも。

今日の記念日こそは、絶対に景時にはわからない。

なぜならば今日は「譲が初めて景時への恋心を自覚した日」から丁度1年の記念日なのだから。

これなら絶対に、景時が知っているはずがない。

今日の記念日こそは、景時よりも自分の想いの方が勝っていると伝えられる。



だから譲は、一升瓶を大事そうに抱えて上機嫌だった。







景時は帰宅途中の道すがら、ポケットに入れた小箱を撫でながら上機嫌だった。

小箱の中には、2人分のドックタグ。

今日の日付と、2人の名前が刻印されたドックタグ。

思っていた値段よりずっと安くなってしまったけれど、贈り物の価値は値段じゃないはず。

それに「揃いの物が欲しい」と言っていたから、譲もきっと喜んでくれるだろう。



とはいえ2人の持ち物に、揃いの物はわりと多くある。

いや、通常で考えたら非常に多い。

茶碗。箸。湯のみ。マグカップ。パジャマ。…etc。

ただでさえ多い記念日ごとに贈っているのだから当たり前だが、多すぎだ。



まあ、それ自体に不満はない景時なのだけれども。

むしろ、もっと揃いの物を増やしたいと思っている景時なのだけれども。

さすがに身に着けるものでのペアは恥ずかしいと知っている。

子供の頃ならまだしも、でかい図体の男が2人ペアルックでランララン♪は寒いを通り越して痛い。

でも今日の記念日は、記念日の中でも特別だから、これくらいは許されるだろう。



なんといっても今日は「景時が初めて譲への想いを自覚した日」から丁度1年の記念なのだ。

あんなにも格好良くて可愛い譲と、生涯を共に過ごせる日々の始まりの日だと思えば何よりも特別。

何一つ人に自慢なんてできるものはないと思っているが、これだけは胸を張って自慢できる。

「譲くんを好きになったオレ最高」という自画自賛に過ぎないが、景時にとっては両想いになれた日よりも特別だ。

だって、万が一…本当に万が一、2人が別れるようなことになっても、この想いだけは自慢できるから。



そんな事を考えていたなんて言えば、譲はきっと怒るだろう。

「俺の方があなたを好きなのに」そう言って怒ってくれる。

それはとても嬉しいのだけれど、絶対にありえないから。

こんなにも好きなのに。

これ以上はないほど好きなのに。

その気持ち以上に、譲が自分を好きになるなんてありえない。

いや、なくていい。

自分を誇れるものなんてこれしかないから、ずっと誇らせていて欲しい。



「アタシのこと好きでしょ?だからこれ買って♪」なんて、彼女の理不尽なおねだり攻撃を食らう全国の彼氏達に聞かれれば、嫉妬と羨望の視線に焼き殺されそうなことを考えながら、景時はポケットの小箱を指先でさすって上機嫌だった。







「景時さん、おかえりなさい」



景時の帰宅をインターホンで知った譲は、とびきりの笑顔で出迎える。

ご馳走の準備も全て整い、後は今日の記念日を景時に知らせるだけ。

どのタイミングで切り出そうか。

料理を見て驚いた瞬間がいいか、それとも今言ってしまう方が驚きが大きいだろうか。

譲はドキドキしながら、景時の荷物を受け取った。



きっと料理を見てしまえば、ご馳走の意味を問われてしまうだろう。

聞かれて答えるよりも、やっぱり自分から言い出したい。

譲はリビングの扉を開ける前に、後ろを歩く景時を振り返った。



「譲くん、ただいま〜」



譲の笑顔で出迎えられた景時は、折角の美形が台無しなほどにだらしない笑顔を譲に向ける。

もちろん左手は、ポケットの中の小箱を触りながら。

この贈り物をどのタイミングで渡そうか。

先に今日の記念日を伝えてからがいいのか、それとも先に渡してしまった方が驚くだろうか。

景時はドキドキしながら、脱いだスーツのジャケットを譲に渡した。



きっと贈り物を先に渡してしまえば、その意味を問われてしまうだろう。

聞かれて答えるよりも、やっぱり自分から言い出したい。

景時はリビングの扉に手を掛ける譲を、引きとめようと手を掴んだ。



「景時さん、今日は…」

「譲くん、今日さ…」



どれだけ思惑が外れようと、2人が誰よりも幸せなことは間違いないだろう。







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譲誕09'第二弾。お題提供してくださった、総様ありがとうございました。
09'06'20(ふうか)

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