09’譲誕生日企画
□一人だけのあなた
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<一人だけのあなた>
「それでね、その管に空気を送り込んだら、もう一本の管から水が出てくるんじゃないかなって思うんだよね」
板敷きの間に自分の描いた図面を広げ、景時は新しい発明の話を譲に説明している。
譲に水道の話を聞かせてもらって以来、ずっと考え続けていた「井戸の水をくみ上げるカラクリ」の話。
これが形になれば、譲が料理をするとき、ずっと楽に水が汲めるようになる。
そう思えば、普段から大好きな発明の話も、より一層力が入ってしまう。
景時は子供のように目を輝かせ、身振り手振りを加えながら夢中で語り続けていた。
「凄いですね」
夢中で話し続ける彼の正面で行儀良く正座をしている譲は、相槌を打ちながら嬉しそうに話を聞いている。
景時が難しい顔をすれば、同じように難しい顔になり、景時が得意になれば、驚きに目を丸くして。
そんな風に真剣に話を聞いてくれているのだから、何も心配などする必要もないのだが。
譲くん、さっきから相槌しか打ってないけど…つまらなくないのかな?
ふと素に戻った瞬間、そんなことが気になってしまった景時だった。
「景時さん、どうかしたんですか?」
突然黙ってしまった景時の様子に、譲は心配そうな表情を浮かべる。
その顔を見て、景時の眉間にはどんどん皺がよってしまう。
だって突然「話つまらないよね」と切り出せば、譲に余計な気を遣わせてしまうから。
非常に余計な気を遣っているのは景時の方なのだが、なにしろ彼は譲が全て。
景時の世界の中心は譲で回っているのだから仕方ない。
「ええと…譲くんはさ、何か興味があるものとかないのかな?」
「え?俺の興味があるもの…ですか?」
いくら突然「話つまらないよね」と切り出せないからといって、この話題転換も前後の会話との脈略がなさ過ぎる。
譲に不思議そうに聞き返されて、景時は大慌てで続く言葉を考えた。
「あっ…やっ…そのっ、ええと…ほら、新しい発明の参考にしようかな〜ってね」
自称「嘘が上手い」は伊達じゃない。
苦し紛れに出た言葉ではあったが、譲はどうやら納得したようで「そういうことだったんですね」と微笑んだ。
ああよかった……って、ええ?
景時はホッと胸を撫で下ろすが、それも長くは続かない。
少し考える様子を見せた譲の表情が、たちまち曇ってしまったのだ。
「譲…くん?」
「すみません景時さん…俺じゃ、あなたの役にはたてないみたいです。それに…返ってあなたを困らせてしまう」
「役に立たないなんてことは絶対にないよ〜!でも、俺を困らせるって…どうしてなのかな?」
譲が役に立たないなんてことは絶対にない。それは断言できる。
ただそばにいてくれるだけでも、こんなにも力をくれるのだから。
けど、困らせられるとなれば少しだけ話は別のものになってしまう。
というのも、譲の積極的な求愛行動に、景時は若干困ってしまっているのだ。
いや、求愛されるのが困るわけではなく、むしろ嬉しいのだけれども。
常に譲の気持ちを優先に考えてしまう景時は、「手、繋いでもいいかな?譲くん、嫌がったりしないかな?」といった具合に、手を繋ぐことすら積極的になれなくて、いつも先に強請られては情けない思いをしている。
それは手を繋ぐことだけに限らず、譲の求愛行動全てにおいて関わってくるのだから、若干困るというか大変情けない。
譲くんの興味…性欲的なものだったらどうしよう…。
譲くんだって男だし、若いんだからそういうことだってあるよね。
っていうか、もしそうだったとして、オレで満足させてあげられるのかな?
精一杯頑張っちゃうけどさ、それでも満足してもらえなかったらどうしようっ
景時は必要のない不安で頭をいっぱいにして、俯いた譲の顔を覗き込んだ。
「俺、興味のあるものを少しだけ考えたんですけど…どうしても一つしか思い浮かばないんです」
「うん、それをオレに教えてくれないかな?」
「あなたを困らせてしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫。もしそうだとしても、オレだって頑張っちゃうからさ」
「でも…聞いたら景時さん、迷惑だって思うかもしれません…」
「そんなことあるわけないよっ!オレ、譲くんのこと迷惑なんて絶対に思ったりしない」
「本当…ですか?」
「うん、絶対だよ。約束する」
余程言いづらいのだろうか、譲は何度も口を開きかけては黙ってしまう。
景時は、そんな譲を急かすことなく、根気良く待ち続けた。
そして。
少しすると、譲は決意したようにポツリポツリと話し出す。
「俺、いつも景時さんのことを考えているんです。何を見ても「景時さんは、これ好きかな?」って、全てがあなたに繋がってしまう……こんな俺、気持ち悪いでしょう?」
「えっと、それって…もしかして、譲くんの興味のあるものってオレってこと…かな?」
「……はい」
「それがどうして、迷惑とか困らせるとかになっちゃうんだい?」
「喜ばせる」というのならばわかるけど。
というか、そんな事を言われて「嬉しい」以外の感情が起こるわけがない。
もしかして、何か別の意味を持つのかもしれない。
譲の言葉の真意がわからず、景時は変に勘ぐってしまう。
「…こんな重たい気持ち、迷惑じゃないですか?」
「え?」
「俺の気持ち、重たくて困ってしまいませんか?」
「ええっ〜!?そんなことあるわけないよっ!それってそういう意味だったのっ!?」
景時は実に彼らしい驚き方をして、落ち着くために深呼吸を一つ。
膝の上で握り締められた譲の手を握り、満面の笑みを浮かべてみせる。
「オレもね、いつだって譲くんのことばかり考えてるんだよ〜」
「本当、ですか?」
「うん!きっと譲くんがオレの事を考えている以上にね」
「…それはないと思います」
「そんなことはないよ!それに、もっともっとキミのことを知りたいと思ってるし」
「それは俺だって同じですよ」
「うん。オレたち、同じ事を考えてたんだね」
もっと笑顔を見せて。
それがたとえ、自分に向けられたものじゃなくてもいいから。
だから、もっともっとキミのことを教えて。
キミの為になら、どんなことだってなんだってするから。
好きなこと。嫌いなこと。キミが笑顔になれる方法。
全部、全部しりたいよ。
いつも思っていた景時の気持ちは、そのまま譲の気持ちだった。
「なら、もっとあなたの事を教えてください」
「うん。譲くんのことも、もっとオレに教えてくれるかな?」
「ええ、いっぱい話をしましょうね」
「そうだね、じゃあまずは…」
「まずは話じゃないことも、してみませんか?」
「えっ!?ええ〜っ!?」
譲は顎を少し上げて、そっと目を瞑る。
景時はいつものように盛大に驚いて、照れたとも困ったとも取れる表情で唇を重ねた。
すれ違いばかりだけど、互いが互いの唯一だから。
きっと2人はこれで幸せ。
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譲誕09'第五弾。お題提供してくださった、十六夜様ありがとうございました。
09'06'26(ふうか)