09’譲誕生日企画

□うれしいよ
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<うれしいよ>




夏の日差しが容赦なく照りつける、夏休み初日の昼下がり。

譲は冷房の効いた自室で、夏休みの課題に取り組んでいた。

課題は国語数学理科社会英語、それぞれの教科でプリント数十枚の課題に加え分厚いレポートの提出と、「これ全部やるなら学校休みな意味なくね?」と首を傾げたくなるような量があるが、彼のようにコツコツと堅実にこなしていくタイプの人間には大した苦ではない。

部活で外出する他に、友達と数回遊びに行く程度しか予定のない彼は、去年の課題を10日ほどで終わらせてしまい、後半は「お願いだから助けてッ!」と泣きついてくるだろう兄や幼馴染の課題を率先して片付けていたくらいだ。

けれども、今年の彼は違っていた。

課題を前に学習机に着き、レポート用紙にシャーペンを走らせること数時間。

いつもならばとっくに仕上がっているはずのレポートは、まだ半分も終わっていない。

それは決してレポートの内容が滅茶苦茶高度な内容になってしまったからでも、その提出数が倍に跳ね上がってしまったからでもない。

単に集中できないだけなのだ。

そして集中できない理由は、お年頃の高校生男子によくある「夏は女子の露出度高くてヤッベェ」という下半身事情などでは決してない。

いや、「気になって集中できない」という広い意味では、それも当てはまるのかもしれないが。

兎にも角にも。

譲の傍には最近大きな「犬」がいる。

それが、彼の集中を妨げているという訳だ。



「譲?どうかした?」



溜息をつきながらシャーペンを学習机に置く譲に、心配そうに声を掛けるその大きな犬は、名前を白龍といい、性別は雄、美しい白銀の髪を持った元「龍神様」で、決して本物の犬ではないし、れっきとした譲の恋人だ。

が、しかし。だがしかし。

つい先ほどまで音が聞こえてくるほど振っていた見えない尻尾を、しゅんと垂れ下げているところを見れば「犬」と表現しても間違いではないだろう。

そして彼は、大好きな譲から片時も離れようとしない。今も、課題をしている譲を、ベッドに座って横から見つめている。

となれば、犬と表現してみたくもなるものだ。

かといって本物の犬ではないので「散歩連れてけ」「エサ寄越せ」と、見つめながらプレッシャーをかけている訳ではないのだけれども。



「いや、どうもしないよ。トイレに行ってくるな」



特に話しかけてくるわけでもなく、横からじぃっと見つめられていては彼でなくても気が散ってしまう。

譲は気分転換のために立ち上がり、白龍の頭をポンと撫でて、扉の方へ向かった。



「わかった」



白龍は、非常に物分りのいい返事をして立ち上がる。

そのあまりにも自然な動作に、譲はうっかり納得しかけてしまったのだが。



「白龍もくるのか?」

「うん、私も譲と一緒に行くよ」

「トイレに行くだけだぞ?」



トイレすぐそこだし。

ついて来たって一緒に個室に入れるわけじゃないし。

ていうか入られたら困る。すごく困る。非常に困る。用が足せない。

譲は、満面の笑みを浮かべる白龍を情けない顔で見上げた。



「譲は、私が一緒に行くのがいや?」

「いや…そういうわけじゃ…別に何か楽しい事があるわけじゃないし、白龍はここにいろよ?な?」



特に強く言われたわけでもないのに、白龍はまるで母親に叱られた子供のようにシュンとしてしまう。

そんな白龍を見て胸が痛んでしまうのは、単に譲がお人好しだからというわけではないだろう。



「………ドアの前まで一緒に来るか?」



それはもう母性というべきだろうか。

とにかく譲は、そんな彼を見たくなくて、最終的に折れてしまった。



「いいの?」

「ああ、一緒に行きたいんだろ?」

「うん、私は譲と一緒に行きたい」



仕方ないよな…白龍はつい最近まで子供だったんだし。

譲は部屋の扉を開けながら、元龍神様に対して些か失礼なことを考えていた。







カリカリ

カリカリカリ

カリカリカリカリ



……………やっぱり気になる。



トイレから戻って暫くレポートを続けていた譲だが、どうしたって白龍の視線が気になってしまう。

彼はなかなか進まないレポートの用紙にシャーペンを置いて、自分を見つめている白龍の方に体ごと顔を向けた。



「譲、れぽーとは終わったの?」

「いや、そうじゃないんだけど…白龍はそうしていてつまらなくないのか?」



例えば本を読むとか、音楽を聴くとか、同じ部屋で過ごすにしろ出来る事はいくらでもあるのに。

あまりにも長時間見つめ続けられる視線に、譲は呆れを通り越して感心していた。



「ううん、私は少しもつまらなくないよ?」

「でも、ただ俺を見ているだけだろ?それのどこが楽しいんだ?」

「ええと…」



譲の質問に、白龍は小首をかしげて考えている仕草をする。

元龍神の彼は、自分の気持ちを人間の言葉に変換するのが苦手なのだ。

それを知っている譲は、彼が言葉を見つけるまでの少しの時間を、何も言わずに黙って待ってやった。



「楽しくはない…けれど、譲の顔を見ている私は、とても幸い」

「ただ、顔を見ているだけなのにか?」

「うん!私は譲が大好き。だから、譲を見ていると、とても幸いになる。いつでもあなたの傍にいて、あなたの事を見つめ続ける。それは、私の幸い。けれど…譲は、私に見ていられるのは迷惑?」

「いや、そんなことはないよ」



これは空気を読むレベルの問題じゃなく、「迷惑だ」と言える雰囲気ではない。

というか、「見ているだけで幸せ」と言われて、迷惑と思える人間がいるのだろうか。

本当は気が散るというか、見つめ続けられると居心地が悪いのだけれど。

譲は考えるまでもなく、自然と即答していた。



「よかった!あなたにそう言ってもらえて、私はとてもうれしいよ」

「そっか…うん、俺も嬉しいよ」



見返りを一切求めない、純粋な愛情を向けられるのは飼い主…訂正、恋人冥利に尽きるもの。

譲を抱きしめるのが好きな白龍のために、譲は自分から彼の腕の中に収まってやる。

そしてベロンベロンと顔中を舐められながら思う。



この癖だけは、どうにかしてやめさせないとな。







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譲誕09'第11弾。お題提供してくださった、めの様ありがとうございました。
09'07'10(ふうか)

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