09’譲誕生日企画

□やっと掴んだ未来
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<やっと掴んだ未来>




「…きさん…景時さん」

「…譲…くん」



景時は、体を強く揺すぶられる感覚で浅い眠りから目を覚ました。

顔を覗き込むように腰を屈めて目の前に立っているのは、愛しい恋人の譲。

せっかく譲くんが呼んでくれてるのに上手く目が開かない。

彼は眠い目を手の甲でゴシゴシ擦りながら、それでも精一杯の柔らかい笑顔を譲に向けた。



「景時さん、そんな所で寝ていたら風邪を引いてしまいますよ?」

「うん…ごめんね…オレ寝ちゃってたん…」



擦り擦り開いた眠い目に映るのは、見覚えのない景色。

真っ白な壁に覆われた少々圧迫感を感じる空間に、何に使うのかわからないような物がたくさん置かれている。

譲の着ている衣も、見慣れたものではない。

あれ…オレ…なんだっけ?

景時は言いかけた言葉の続きも忘れ、きょろきょろと辺りを見渡した。



「景時さん、大丈夫ですか?」

「え…?あ、うん…ごめんね、大丈夫だよ」

「よかった…でも無理はしないで下さいね。慣れない場所に来たばかりで、疲れているでしょう?」



ああ、そうか…オレは今日、譲くんの世界に来たんだった。

景時は、譲の言葉で漸く自分の置かれた状況を思い出す。

そして再びふわりと柔らかく微笑んで、心配そうに自分を覗き込んでいる譲を見上げた。



「うん、ホントに大丈夫だよ。ええと…この「そはあ」の座り心地があんまり良いから眠くなっちゃったみたいだね」



先に風呂を済ませた景時は、次に入った譲が出るのを待っている間にうっかり寝てしまっていた。

確かに、慣れない世界に来たばかりで疲れているのもあるだろう。

何しろ目に映る全てのものが彼にとっては新鮮で、とても興味深いものばかりだったから。

所謂「はしゃぎ疲れ」をしてしまった彼は、譲に心配をかけまいとソファを叩きながら寝てしまったことの言い訳をする。



「そんなに座り心地がいいですか?」

「うん、最高だよ〜。こんな腰掛けはオレの世界にはなかったからね」

「くす…景時さん、今日一日ずっと似たようなことを言ってはしゃいでいましたよね」

「あはは、恥ずかしいな。でもオレ、ホントに興奮しちゃってるんだよ〜!だって譲くんの話を聞いて色々想像はしてたけど、こんなに凄いとは思わなかったからさ」



本当に空を飛ぶ飛行機も、馬より早く走る自動車も、夜なのに昼のように明るく照らしてくれる照明も、何もかもが想像を遥かに越える凄さだった。

景時はその感動を譲に伝えようと、手振り身振りを交えて彼に語り聞かせる。

譲はそんな景時の話をニコニコ聞きながら、彼の隣に腰を下ろして甘えるように肩に寄りかかった。



「ゆ、譲くんっ!?」

「俺、景時さんが嬉しそうで凄く嬉しいです」

「あはは…そっか。ありがとう譲くん」



突然の密着に少し驚いてしまったけれど、譲の気持ちはとても嬉しい。

景時は「逃げ出したら譲くんが悲しむっ」と己に言い聞かせながら、彼の肩に腕を回して抱き寄せる。

その瞬間、ふわりと甘い香りが景時の鼻腔をくすぐった。



「なんか凄く良い匂いだね」

「え?そうですか?…なんだろう?」



譲は、その匂いがなんなのかわからずにクンクンと鼻らを鳴らす。



「うん、譲くんの髪…なのかな?すごく甘い匂いがするよ」

「ああ、シャンプーですね。景時さんも風呂で使ったでしょう?」

「そっか、そういえば凄く良い匂いだったよね」



初めて嗅ぐ香りなのに、譲の体臭が混ざるからだろうか、どことなく懐かしい感じがする。

そう、とても懐かしい。

こうして触れるのはどれくらいぶりだろうか。

平泉で敵として過ごした日々と、その後の処理を終えてここに来るまでの日々。

壇ノ浦で別れてからの日々を数えれば、それはとても果てしもなく遠い昔のように感じる。

景時は譲の髪に鼻を埋めて、何度も何度も確かめるようにその匂いを嗅ぎ続けた。



「譲くん、ありがとうね」

「景時さん…どうして…?」



それまで目を細め黙って景時の愛撫を受けていた譲は、彼の呟きに反応して顔を上げる。

けれども顔を見られたくない景時は、譲の頭を抱き寄せることでそれを阻止した。



「あはは…オレが今ここにいられるのは譲くんのおかげだからね」

「そんなっ…俺は何もしてません。全てあなたが一人で解決したことでしょう?」

「それは違うよ、オレは譲くんのおかげでここまでこれたんだ…」



平泉で望美に銃を向けたとき、ためらいもなく自分を射てくれた譲にどれだけ救われただろうか。

情に流されず、自分を殺してくれる。

殺してでも、間違った自分を制してくれる。

本当の意味で、欲しいものを理解してくれる。

射抜かれた腕の痛みが、心の痛みを拭い去ってくれた。

あの出来事がなければ、どれだけ帰って来いと言われたとしても、景時は仲間達の下に戻ることはなかっただろう。

そして、今この場所にいることも…



「でも俺…」

「なんか夢みたいだよね」



全てを説明するつもりがない景時は、否定をしてくれようとする譲の言葉を遮るように話題を変えた。

この場で何を言っても無駄だと思ったのだろう、譲もそれ以上は何も言わずに話題転換を受け入れる。



「夢ですか?」

「うん…こんな凄い世界でさ、譲くんを抱きしめてるなんて…なんか夢みたいだなってね。ホントのオレは別の所にいて、目が覚めたら全部消えちゃったりするんじゃないかってさ」

「夢なんかじゃありません。俺はちゃんとあなたの傍にいます…あなただってちゃんとここにいる」

「うん、わかってるよ〜!でもね、今が幸せすぎて怖くなる」

「怖がらないで下さい。俺は絶対にあなたを離さないし、この世界だって消えてなくなったりしません」

「そだね…そう、なんだよね」



もう、頼朝の支配に脅えることはない。

これ以上誰かを裏切る必要も、手を血に染める必要も。

便利で豊かな暮らしの中で、譲だけを見て過ごしていけばいい。

そんな夢を見ることすら許されなかった願いが、今現実に目の前にある。

今はまだ慣れないけれど、そのうち現実としてきちんと受け入れられる日が来るだろう。

景時は、近い未来を想像して、譲を抱きしめる腕に力を入れる。



「譲くん、ありがとう」

「だからそれは…」

「ううん、そうじゃなくてさ…オレのことなんて待っててくれてありがとうってね。オレさ、今信じられないくらい幸せで、やっぱりどうしても譲くんにお礼が言いたくなっちゃうんだよね」

「それだったら俺だって同じですよ?景時さん、帰ってきてくれてありがとうございます」

「あはは、嬉しいな〜!オレ、すっごく幸せだよ」



本当はもっと言いたいことだってあるだろう。

譲だって、苦しんでいる景時を見て同じように苦しんでいたのだから。

それでも文句一つ言わず、長い時を待ち続けてくれた。

そんな譲に言うべき言葉は、お礼ではなく謝罪なのかもしれないけれど、きっと彼は受け入れようとはしないだろう。

だから景時は腕の中の譲に、しつこいくらいに「幸せだよ」と繰り返す。



「景時さん、俺も同じです…」

「あっと…やっ!えーっと…うんっ!」



言いながら景時を見上げた譲の顔があまりにも可愛すぎて、余計なところが元気になりそうになった彼は、跳ぶようにしてソファから立ち上がった。



「…景時さん?」

「や、ほらっ!早くこの世界に慣れて、譲くんに迷惑を掛けないように頑張らなくちゃいけないな〜ってね」



不思議そうな顔で自分を見上げる譲に、景時は無駄にストレッチのように手足を伸ばして「頑張る」をアピールしてみせる。



「迷惑だなんてそんな水臭いこと言わないで下さい…」

「ごめん、言い方が悪かったね。やっと手に入れた大切なもの全て、失ってしまわないように努力しないとねってさ。…これなら許してくれるかい?」

「ええ、それなら。でも、俺にも協力させてくれないと許しませんよ?」

「あはは…御意〜ってね。譲くん、これからよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」



譲は立ち上がり、深々と頭を下げる。

景時もそれに習うように、深々と頭を下げた。

そして同時に頭を上げようとした時、譲は景時の中心の変化に気付いて固まる。



「景時さん…さっき急に立ち上がったのって…」

「え?ええっ!?」



何を言われているかわからずに景時も固まる。

が、譲の視線の先に気付いて慌てたように、2歩3歩後退った。



「やっ!これはね、その…ほらっ!なんだろええと…うわぁごめん譲くんっ!」

「景時さん、逃げないで下さいっ!俺にも協力させてくれるって言ったじゃないですかっ!」

「ええ〜〜ッ!?それってそういう意味だったのっ!?」

「それも含まれるんですっ!もう俺に隠し事はしないで下さいっ!」

「そうなんだけどっ…ほら、こればっかりは心の準備が…ね?」

「大丈夫です、俺はちゃんと出来てますから」



夜中の有川邸には、彼らの走り回る足音がいつまでも鳴り響いていた。







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譲誕09'第16弾。お題提供してくださった、十六夜様ありがとうございました。
09'07'24(ふうか)

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