09’譲誕生日企画

□リターン
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<リターン>


「譲、ちょっと前ずれろ」

将臣はソファに座って読書をしている譲の肩を、後ろからポンポンと叩いて、自分が座るスペースを確保しようと促した。
ソファは大人3人が掛けられるもので、譲のほかに座っている者はいないのだから、わざわざ彼を動かす必要などないのだが。
そこはそれ。
どうせなら愛しい譲を腕に抱きたい。
というより、彼の目的はソファに座ることではなく、譲を後ろから抱きしめることだった。

「……ん」

読書に夢中な譲は、深く考えもせずに腰をずらしてスペースを作る。

「サンキュ」

将臣は、長い足を駆使してソファの背凭れを跨ぎ、まんまと譲を抱きしめることに成功した。
腹に腕をまわし、固定する。
顎を肩に乗せると、譲の読んでいる本が目に入った。
持っているだけで肩が痛くなるような、大きくて分厚いハードカバーの重そうな本。そのくせ文字は小さくて、ページいっぱいに詰まっている。外国の文学書だろうか、それともファンタジーなのだろうか、名前と判断できる文字は全てカタカナで書かれていた。

「何読んでんだ?」

特に本の内容に興味があったわけではないが、尋ねることで会話のきっかけになる。
というか、譲の意識を自分に向けることが出来るだろう。
本に嫉妬とは些か情けない気もするが、お兄ちゃんは弟の事に関してとっても狭量。自覚はあってもやめられない。
将臣は腹にまわした腕を片方だけ離し、彼の読んでいる本の表紙を確認するようにひっくり返した。

「海外のファンタジー小説だよ。最近話題になってるだろ?」
「おお、確か今度映画化されるとかっていうヤツか」
「うん。友達が、読み終わったからって貸してくれたんだ」
「ふ〜ん…。で、この本しばらく借りてられんのか?」
「うん、急がなくていいって言ってたけど……そっか、兄さんも読みたいよな?わかった、俺できるだけ早く読んで渡すよ。又貸しになっちゃうけど…別に兄さんだしいいよな?」

自分の好きな物を、兄と共有できることが嬉しいのだろう。
譲は少しテンションを上げながら、ひっくり返された本を元に戻して、読書を再開させようとする。
そうかそうか、そんなに嬉しいか。このっ、可愛いヤツめ!
将臣はだらしなく目尻を下げるが、けれども譲の手から本を取り上げた。

「何するんだよ兄さん!」
「まだしばらく借りてられんだろ?だったら…」

言いながら将臣は、首筋にキスを落とす。必然的に鼻を埋める形になった耳の後ろからは、若干の汗の匂いの混ざった譲の匂いがした。
だーっ!もう譲は匂いまで可愛いッ!!
なんて流石に声に出しては言えないけれど、彼は可愛い弟の匂いをもっと堪能しようと、深呼吸するように鼻から大きく息を吸い込む。
が。

「何するんだよっ!」

油断して取り返されてしまった本の角で頭を殴られ、目から火花を飛ばす羽目になった。

「ってぇ…おまっ…角はやめろっ」
「ごめん…って兄さんが悪いんだろっ!」

うっかり謝ってしまったけれど、読書の邪魔をされた譲が怒るのは当然。
絶対に自分に非はない…ハズ。
譲は「自業自得っ」と言わんばかりに目を吊り上げて、頭を押さえて涙目になっている兄を振り返った。

ちゅ。

けれども、将臣が譲のそんな無防備なところを見逃すはずもなく。
振り返った彼の唇に、触れるだけのキスをする。

「兄さんっ!」
「んな怒んなつの…こうして場所を気にしねーでイチャイチャできんのも、あと少しだろ?」

というのも、長期出張で海外に行っていた両親が今日の夜、家に帰ってくるのだ。
だから今のうちに「所構わずイチャイチャしたい」というのが将臣の主張なのだけれど。

「その貴重な時間を昨日から遊びまわって、半日以上潰したのはどこの誰だよ?」
「だからこーして急いで帰ってきたんだろが。ったく…そもそも連絡してくるのが遅えっつんだよ…」

因みに、ただいまの時刻は14時を少し過ぎたところ。そして「今から飛行機に乗って帰るから、いい子に待っててね」と彼らの母から家に連絡があったのが、10時間ほど前の午前4時を少し過ぎたところだった。
寝ているところを電話で叩き起こされてなお、譲は律儀に兄へとそれを知らせるメールを送る。
だが、その少し前まで友達と酒盛りをしていた将臣は、昼過ぎまでぐっすり眠りこけて届いたメールに気付けなかった。
そんなこんなで、目を覚ましてメールに気付いた将臣が慌てて帰宅したところで現在に繋がるわけなのだが。
「もっと早く連絡できんだろっ」と両親を責めたい将臣と、「毎日遊び歩いてるから悪いんだ」と兄を責めたい譲の意見は恐らくどちらも正しい。そして言い争えば、延々と平行線をたどるだろう。

「確かに…母さん達はいつも急だよな…」

延々と言い争って貴重な読書の時間をつぶされたくない譲は、将臣を責めたい気持ちをゴクンと飲み下して、文句の矛先を両親に変えた。
だって将臣の言い分もなんとなくわからないでもない。せめて連絡をするなら時差を考えて欲しい。

「ったくな…ってそりゃもういい。残された貴重な時間は、譲とイチャイチャして過ごさねーとな」

そのために急いで帰ってきたんだし。
将臣は再び譲の手から本を奪って目の前のローテーブルに放ると、がっつりと彼を抱きしめなおして首筋に唇を寄せる。

「ちょっ、兄さんっ!」
「んだ?お前は俺とイチャイチャすんのヤなんか?」
「そうじゃないよ。だけど兄さん、別に母さん達いたって変わらないじゃないか」
「ばっ!おまっ、それとこれとは別だろ」

物心がついた時には、すでに譲を溺愛していた将臣だから、両親の前だろうと過剰なスキンシップは当たり前にしている。譲を抱きしめたり唇以外の場所へのキスは、むしろ彼の日常でありライフワークだ。
ちゅうちゅうと暇さえあれば、譲を抱きしめてキスを落としているのだから、両親だって今更そんな2人を見たところで「ちょっと!ウチの子達、兄弟で愛し合っちゃってない?!」なんて疑ったりもしないだろう。いや、逆にやらなくなった方が疑われるかもしれない。
が、しかし。
弟としての譲へ向ける親愛なる情と、恋人としての譲へ向ける恋慕の情を、きっちりくっきり使い分けている将臣としては、譲の意見は納得できない。

「いいか譲、母さん達の前で口にキスできるか?できねーだろ?その違いは俺にとって、茶碗蒸しとプリンくらい似て非なるものだ」
「兄さん…それ意味わかんないよ」

訳のわからない力説をする将臣に、譲はついクスッと笑ってしまった。

けどまあ、好きな人にここまで愛情表現をされて、気分が悪くなる人間もいないだろう。

「わかったよ、兄さん。本は後でも読めるし、母さん達が帰ってくるまでイチャイチャしてよう」

譲は「そか?わかんねーか?」と首をかしげる将臣の頬に、ちゅっと音を立ててキスをする。
唇を離した時の譲の顔は、将臣曰くの「破壊的に可愛い」だった。

「ばっ!おまっ、俺を殺す気かッ!」

血液を下半身に集中させてしまったからだろうか、将臣は貧血のような眩暈を覚えながら、かろうじて怒鳴る。
といっても、下半身を両手で押さえて腰を引くという、大変情けない格好だったので少しも怖くない。
譲は再びクスッと笑うと、立ち上がって将臣に手を差し出した。

「馬鹿だな兄さん…いいよ。どうせそれも、母さん達が帰ってきたらできなくなるだろ?もう少し時間あるし、部屋に行こう」
「そか?…だな。母さん達が帰ってきたら、また暫く兄弟に戻らなきゃなんねーからな」

彼らの両親は海外への出張が多く、1年のほとんどを留守にしているのだけれど。
だからきっと、また少ししたら恋人に戻れるのだけれど。
そして本当は、兄弟だろうと気持ちは同じだから構わないのだけれど。
近すぎて、切欠がないとちゃんと向き合えない2人だから。

「兄さん、ちゃんと加減してくれよ?」

「ばーか。俺がお前に辛い思いなんてさせっかつの」

こんな状況を楽しむように、仲良く手を繋いで、2階にある部屋へと向かった。







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譲誕09'第20弾。お題提供してくださった、sava様ありがとうございました。
09'08'30(ふうか)

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