Book/Trance
□怠惰を孕んだきずあと
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「死にたい。」
「へぇ」
「出来れば苦しんで、ね」
「ふぅん…」
「安楽死なんて絶対に嫌。」
「いいんじゃない?」
ざあ、波がざわめいた。海辺の防波堤の上に立って両手でバランスをとり、僕に合わせてゆっくりと歩く彼女。田舎育ちの少女の様なその行動に、僕は思わず苦笑する。
死を夢見る彼女はきらきらとした瞳で楽しそうに語った。
「例えば…焼死とか、?」
「顔爛れるよ。せっかく綺麗なのに」
「死に姿なんてどうでも良いの、とにかく、死ねるなら。」
「なんで死にたいの?」
「月並みよ?生きることに疲れた、ってやつ」
「ああ」
「都会の喧騒とか人間関係とか、醜い物の中で生きるのはもう嫌。死にたい。死んで楽になってもう、一人になりたいの。」
そう言って微笑む彼女。返す言葉が思い付かなかった僕は口を開くのを止める。
沈黙、聞こえるのは彼女のとん、とんという軽やかな足音と波の音、それと時折漏れるどちらともつかない溜息だけ。
潮の薫りはもう気にならない。随分長い間、僕と彼女は海辺を歩いていた。
「……不思議、」
「何が?」
「竜太朗さん、止めないんだ。私のこと」
「君は止めても死ぬだろうから」
「周りの人は皆言うの、馬鹿なこと考えないでって。生きなさい、って」
少し強い風が吹いた。彼女は風に煽られてよろめいたが、すぐに持ち直してまた話しだす。
彼女の、声が、遠く感じた。
「馬鹿なこと、なの?」
「…そうは思わないけど。」
「…竜太朗さん面白い」
僕らの心とは裏腹に、何処までも蒼く蒼く澄み切った海。
沈みかけた陽の光の乱反射が目に眩しい。
ぼんやりとそれを眺める。また、しばらくの沈黙。
彼女の言葉の一つ一つが重い気がして、自分の軽はずみな言動を少し後悔した。
「…ねえ、竜太朗さん、溺死なんて素敵じゃない?」
「すぐ横に海あるけど。」
「今すぐ死んでみる?」
突風が吹いた。またも彼女は煽られ、今度こそ本当に足を踏み外す。向こう側に倒れていく細い影。
あ、と声が漏れた。
反射的に彼女の手首を掴んでこちら側に引き寄せた。
防波堤から落ちた彼女を胸で受け止めて抱き寄せる。
「……やっぱり溺死が良いなあ。」
「僕もそう思う、……ねえ、」
海で溺れて死ぬだなんて、なんて自虐的。
けれど、それよりももっと苦しめる死に方を僕は知っているんだ。
僕に溺れて早く死んでよ。
(依存してるんだ。)(深く深く海の底で、)(君が沈むのを待っている)