Book/Trance

罪に触れ愛を捨て
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「…あ、れ?」



何があるのかと思えば、何のことはない。
俺の部屋から直接繋がっていたそこは、普通の生活スペースだった。俺と一緒ではない時に義弥が暮らす部屋だろう。


しかしどうしてか、俺は妙な違和感を抱いた。同時に腰の代わりに、ずきん、と頭が痛んだ。

おかしな所は全くない。なのに、どうして引っ掛かるんだろう。胸の奥に何かがつかえたような気分だった。



部屋の奥へと、進む。小綺麗なその部屋に家具は少なかった。飾り気のない所がまた義弥らしい。

するとまた、酷い頭痛。さっきとは比べものにならない程の痛みに、見なければよかった、とぼんやり思った。



俺をあんなに愛してくれている義弥を裏切るような真似、やっぱり良くない。
頭痛はきっとその罰が当たったんだ。

戻ろう。もと居た部屋に戻って、何も気が付かなかったことにして、もう眠ろう。そうすればまたいつも通り。



そう思い、部屋に向かいかけた時だった。不意にぐらり、とふらついて、思わず机に手をついた。かたんという音と共に何かが指に触れた。







あ、俺が此処に来た、痕跡を残してしまう。直さなきゃ、と、ぼうっとした頭のまま倒れた写真立てを立て直した。


写っているのは……俺?背景は渋谷。
俺はこんな所へ行った覚えはないから、記憶を失う前に撮られた写真だろう。


……、え…?


シブヤって、何だ?どうして俺はそんな言葉が頭に浮かんだ?知らない筈だ。此処から出たことはないんだから。
知っていたとしても、その頃の"俺"の記憶はもうなくて、…。


俺の知らない"俺"は、こっちに向かって幸せそうに笑いかけていた。
そして、それと同じ様に、俺の隣で微笑むのは。





「……四季?」


















「ああ、遅かったね…音操くん」



常の凛とした声が悲しげに聞こえた。ドアの前で立ち尽くすその笑みですら今は憎々しい。

こいつだ。全ての元凶はこいつだった。




「……馴れ馴れしくするな。桜庭だ、桐生」




義弥が帰って来た。鍵をかけ忘れていたことに気付いたのだろうか、いや、今はそんなことどうでもいい。
俺の言葉を聞くとまた、泣きそうな顔でそいつは笑った。



「ああ、もう…義弥と呼んではくれないんだね。今日は、"無事"ではないんだね」

「黙れ!」



目の前のこいつの全てが憎かった。失くした記憶が蘇るにつれてそれはどんどん加速していった。

義弥、否、桐生を愛し愛されていた自分でさえも死んでしまえばいいと願った。失神しそうなまでの頭痛と共に全部を理解していく。今更遅い。もう戻らない。



「お前だな」

「………」

「四季を……美咲四季を、殺したのは」

「…あはは、何だ。もうそんなとこまで思い出したんだ」



桐生はそう言って自嘲する様に笑った。
その手もまた、いつもの様に血に濡れていた。桐生のものではない血液がその指に絡み付いて、床にぽたりと落ちる。




半年前。今俺達が立つこの部屋で、桐生は四季を殺した。




戸惑う様子も見せず、脈動を続ける心臓を一突きにした。四季には悲鳴をあげる間すら与えられなかった。

いつもの、人間を殺す"仕事"と同じくして、四季を。



誰かを殺傷して汚れた金を得、それで生活していた桐生に嫌悪感を抱き、俺は決して桐生を名前で呼ぶことはなかった。

ただそれでも、四季に刃を向けるなんて予想していた筈がなかった。


そして、倒れ伏せた四季の横で呆然と立ち尽くす俺に、血みどろの桐生は笑顔でこう言うのだ。





"好きだよ。音操くん。だからこの女を殺した。君の恋人である美咲四季が、憎かったんだ"






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