小説
□同じ月を
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「何見てる」
「……月を」
静かな声が闇に染み込むように溶けた。
随分とあれから口数が減ったな、おまえは。
夜風が冷たい。
華奢な体には毒になるだろうに。
「黒鋼」
一瞬自分が呼ばれたのではない感覚に体が震えた。
この声が呼ぶのは、この名前ではない。
「黒鋼。ひとりにしてくれないかな」
やんわりと、しかし有無を言わせない口調。
離れる気はなかった。
こいつが俺を離そうとしているのは知っている。
それでも、俺は、
「行かねぇよ」
「意地っ張りだね」
それはお互い様だろう。
俺は、塀に背中を預けて胡座をかくと浅い眠りに入った。
***end
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