Free!3

□3m
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ジリジリと暑い太陽が照りつける中、屋外のクラブ活動は盛んに行われていた。




気付けばもう8月。

夏休みという開放的な時間など部活に青春を捧げる彼女たちにはないのだ。






入念なストレッチをこなした後、各種目への準備を始める。






「新ちゃん。今日は記録録るからね。」



「はい。」





先輩に言われ記録用紙を渡される。




近頃”記録に何の意味があるのだろうか?”と感じることが多くなった。





好きだから飛んでいて走っているだけなのに…。






好きだから…。








セミの鳴き声を頭に響かせながら意識を飛ばしていると順番が回ってきた。








全身で笛の音を聞き取り、いつものようにポウルを掲げる。


そして踏み出し、一気に空へ。




自分の意思にそぐわない空を見ないために、めを閉じたまま落下した。






記録は4m9cm。





悪くはない。
部内の最高記録である。

だが、全く伸びない。


春の大会で記録を出して以来伸びずにいた。






「お疲れ様。」





「ありがとうございます。」




先輩から表記された記録用紙を受け取る。

すると先輩はニッコリとした表情で傍に来て、座るよう合図してきた。



「お邪魔します。」と先輩の隣に腰掛ける。






「私ね、新ちゃんを中学の時見たことがあるの。
ある大会でね。」





眩しい太陽を避けるように日差しを手で避けながら遠くを見ている。


それにつられ、新も視線の先を移した。






「私、新ちゃんの棒高跳びを初めて見たとき涙が出ちゃったの。」




「え?」




「天使がいるって思ったの。
ほんとよ?
それぐらい綺麗だった。全てがね。
ほんとに綺麗で、あの姿が今でも忘れられないの。」




「あ、ありがとうございます…。」





「だからね、同じ高校だって聞いたとき間近であのフォームが見れるんだって思ったの。
そして実際見てみたらやっぱりキレイだった。」






遠くを見ていた視線が今度は新に向けられにっこりと笑う。






「新ちゃんは陸上好き?」





「はい、好きですけど…?」



「ほんとに?」





「え…?」






「何かに縛られているからじゃなくて?」





「……っ!?」





その質問は確信を得ていた。
心を乱すには十分すぎるほど。








「私には、あの頃の新ちゃんがここにはいないように感じるよ?
天使がね?羽をもぎ取られて苦しんでるようにしか見えない。
もう一度聞くね?
陸上は好き?」






同じ問いかけのはずなのに言葉が詰まる。



「はい。」というたった二文字が言えない。



何かに縛られている。



それは間違いなく、彼との約束…。





「えっと…、その…。」




「ごめんね、意地悪な質問だね。」




優しく頭を撫でて先輩は次の記録者のもとへ去ってしまった。




嫌な汗が全身からこみ上げてくる。



今までほんの少し見えていた光でさえ、覆うほど新には空が真っ黒に見えた。




「あ…っ…つ。」




何かが切れる音がした。


揺れる視界で必死に光を探す。




ない、ない、ない…。









「蒼井!2回目いくぞ!」



部長に呼ばれ意識を取り戻し、再びポウルを構えた。




「…っ!?」




こんなに重かっただのだろうか。



こんなに目の前のバーが高かったのだろうか。




こんなに風が身体に触れるのが重かっただろうか。





ピー。



笛の音から少し遅れて走り出す。




足が重い。

動かない。





その異変にいち早く気づいたのは翼だ。




今まで彼女がスタートで出遅れたことなど一度もない。





彼の不安は的中した。





新はゆっくりと足を止め走ることを止めた。




「………。」




無言のまま地面を見つめたままだ。




「おい、新!?」




翼が駆けつけ彼女の体を揺する。



「おい、おい!しっかりしろ…!」




「…ない…。」




「え?」





「飛べない…。飛べない…!!!!」




「と、飛べないって…、どうしたんだよ…?」




「空が怒ってる…。真っ黒だもん…。連れて行かれる…。」





「何言ってんだよ…。おい、しっかりしろよ…!」




ガタガタと小さく震え、パニックを起こす新。



「保健室へ。」




部長に促され翼は新を抱えて校舎へ向かった。





「…あれほどだったとはな…。」




「ごめんなさい…、私が…。」




「いや、頼んだのは俺だ。
乗り越えてくれるといいだが…。」






その場に残った部長と、先輩の会話は誰も知ることはなかった。





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