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□4m
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「ただいま…。」





「お帰りなさい。疲れたでしょ?
さ、早く上がって休みなさい。」





穿った表情の娘を見た瞬間、母親は眉をひそめ笑顔を作った。

そして、胸の中で抱きしめる。



体温を感じ、母の愛を感じた。






跳べなくなって2週間。
見かねた部長が、盆休みを利用して実家に帰るように促してくれた。




宗介も翼も恵も部活で一緒に帰省することができなかったが、3人も一度気晴らしをしてくるように勧めてくれた。




どうやら母には先輩から事情が伝わっているらしい。



気遣いが嬉しいような、気まずいような複雑な心情だ。







ゆっくりと階段を上がり、自室へ。



4ヶ月しか経過していないにも関わらず懐かしさがこみ上げてくる。





しかしカーテンを閉め、お気に入りの景色は隠すことにした。


ただでさえ挫けた心が、どうなってしまうかわからなかったからだ。




ベッドに横たわる2体のぬいぐるみ。

ギュッと両腕で抱える。




「気分転換なんて…、何したらいいのかわかんない…。」



そっと目を瞑り意識を手放す。

だんだんと深い眠りに落ちるのだった。














カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。



「寝ちゃった…。」




時計の針は10時を指している。

こんな時間までゆっくり睡眠を取ったのは久しい。



リビングに降り立つと、メモ書きと朝食が用意されていた。



どうやら母親は仕事らしい(母親の仕事は盆正関係なく仕事だ)。




帰ってきたからと言って何をするわけでもない。

しかし、家にいればずっとふさぎ込んでしまう。


至った結論は、散歩だった。





髪をまとめ、日焼け止めを塗り、ショートパンツにスニーカーと動きやすい服装で外に出る。




「懐かしいな…。」




そう言って鮮やかに思い出した風景は、凛と宗介で登校したときのことだった。






その記憶を辿るように学校へと足を向かわせた。






春になると桜が迎えでる木々は、残夏で光を吸収した立派な緑になっている。




そこから光がチカチカと降り注いでいた。



校門からでも部活中の生徒の声が聞こえてくる。






「蒼井ー!!」




前方で手を挙げて名前を呼ぶ人物。





「木村先生!」




それは陸上部の顧問だった。

駆け寄り挨拶を交わす。




「なんだ、帰ってきてたのか?」




「はい…、無理言って帰らせてもらいました。」




「お前の活躍は耳に届いてるぞ?
凄いじゃないか、日本記録も夢じゃないぞ?」




「……ですかね…?」




「なんだ、元気ないぞ。」




「いえ、そんなことは…。」




「そうか?ならいいが。
あ、蒼井時間あるか?」




「はい、暇を持て余していました。」




「ならいい、お前が来たとなると本当に喜ぶぞ?
今日は陸上部がボランティアになって町の皆に陸上に親しんでもらう企画をしてるんだ。」




「へえ、すごい。私たちの時はなかったのに。」





「お前のおかげなんだよ。」



「え?」




「蒼井が卒業したあと、お前を目指して上を目指す生徒たちが多くてなあ。
教えてもらうだけでなく教える側にもなればなにか見えてくるものがるかも知れないと言っててな、それで企画を立ち上げたんだ。」



「やる気に満ち溢れてますね…。」




「お前もそうだろ?」



先生の質問に対し、曖昧な判事を返した。





グラウンドに入ると思った以上に人で賑わっていた。

小さな子供からお年寄りまで幅広い人たちが走ったり、円盤を投げたりと体験をしている。







「蒼井先輩!!!?」




「せんぱーい!」





こちらに気づいた後輩たちが一斉に駆け寄ってくる。



「お久しぶりです!元気でしたか!?」




「うん、元気だったよ。皆は?」




「元気です!そうだ先輩!!
大会新記録おめでとうございます!」




「ありがとう、何で知ってるの?」





「そりゃ勿論、佐野中自慢ですもの!!」



「先輩が記録を叩き出したあと、学校中でお祝い騒ぎだったんですよ?」



「そんな、大袈裟な。」





「大げさなんかじゃないですよ
あ、先輩よかったら前で指導してください指導!」





「いいよ、私は部外者なんだから。
見学側。」






「そう言わずに、ほら!!」




後輩に腕を引かれ、子供たちの前に連れて行かれた。

そして、恥ずかしい紹介をされたのだ。




「その方はすごい記録の持ち主なんです。
蒼井新さんと言って、この中学の卒業性で現在女子高校生一高く跳んでいる人です。」





「やめてよ、そんな…。
あ、…蒼井新です。
種目は主に棒高飛びですが100mもやってます。
…元々走ることが好きで小学生から陸上を始めました…。
えっと…、陸上を好きになってもらえたら嬉しい…です。」



軽く自己紹介をすると割れんばかりの拍手が起こった。


将来に夢を見据えた幼子たち。


いまの現状を考えると、その眼差しは嬉しくもあり辛くもある。




「蒼井先輩が見てくれるそうなのでみんなドンドン体験していってねー!」




後輩の掛け声に「はーい。」と声が揃う。



そして、再び体験活動が再開された。



こう見ていると、この子達には無限の可能性が秘めているのだと思う。





”私もこういう時があったのかな…。”



そんなことを思いながら子供たちを見ていると、輪から逸れてこちらに歩いてくる男の子。




メガネをかけていて、しっかりしていそうな子だ。


新の前まで来ると、ピシッと背筋を伸ばしメガネをかけ直す。



そして、

「初めまして!竜ヶ崎怜と申します!」と礼儀正しく自己紹介をしてきた。






「はい、初めまして。」



宗介ほどではないが身長が高くほかの生徒よりも頭一つ分抜きでていた。

どことなく恵の雰囲気と似ている。





「僕は小学生の頃から陸上をしていて、今中学で陸上部に所属しています。」





「へえ、凄い。専門は?」




「単距離です。」




「私と同じだね。」




「はい!えっと…。
僕、一度新さんの出場している大会を東京まで見に行きました。
春の!あの記録を出した時の大会です!!!」





「…見ててくれたんだね、嬉しいよ。
ありがとう。」




「いえ、お礼を言うのは僕の方です。
僕は貴方の美しい舞いに目を離すことができませんでした。
本当に美しかった…!
僕も貴方のように美しく跳んでみたい!!!高校に入学したら、棒高跳びにチャレンジしようと思っています!」





「そう、君ならできるよ。」





「ありがとうございます!!
何かアドバイスなどあれば是非お願いします!」





「空を感じて跳ぶの。
風と一緒になって感じるの。
ただそれだけ。」




キラキラと輝いていた彼から笑顔が消えた。




「…意味がわからない…。
もっとこう論理的に…。」





「ああ、私難しいことが苦手だからわからない。
頭で考えるより体で感じたほうがいいよ!」




「ますます意味がわからない…。」




「なるようになるさ!なんてね…?」




アハハと乾いた笑いも虚しいほど、彼は微動だにしなかった。




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