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あまりにも彼が綺麗に笑うので、新はその面持ちに吸い込まれるように話し始めた。
「先輩にも同じことを言われたの…。」
「先輩?」
「うん、私陸上やってて…。
真琴くんに話したことがあったと思うんだけど…、私、空が大好きなんだよ。
だから少しでも空に近づきたくて棒高跳びを始めたんだ…。
でも、最近…、空が怖くて…。」
「どうして?」
「……空が黒く見えるんだ…。
私…、小さい頃から少しトラウマがあって…、嵐の日や雨風が強くなったりするとパニックを起こしちゃうんだ…。
その…、父親がね漁師だったんだけど…、海でなくなったんだ…。嵐の日に…。」
俯いて話す彼女の過去に彼も何か引っかかるものを感じたようだ。
グッと拳に力が入る。
「だから、空が黒く見えると空に近づくのが怖くて…。
どうしようもなくなっちゃう。
それで記録が伸び悩んでたら先輩に”陸上が好き”か聞かれたの…。
それから”あなたは陸上が好きなんじゃなくて何かに縛られてるから陸上をやってるんじゃないか?”って聞かれたの…。
答えられなかった…。」
「……!?」
話を聞いてくれていた彼の表情が強張るのがわかった。
何かと重ねているようなそんな感覚。
「実際ね、ある人との約束で陸上を続けている部分があるの…。
だから答えられなくて…。
そしたら”あなたの背中から生えてる翼が今は折れてる”って言われちゃった…。
その先輩もね、私の背中から羽が生えてるって言ってくれたから…。
それで…、ね。」
「俺と…、一緒だね…。」
聞き役に徹してくれていた彼が息を吐き出すように呟いた。
「俺も中学の時、先輩から友達がいるから水泳が好きなんじゃないか?って聞かれたことがあるんだ。」
「…その時、真琴くんはなんて答えたの?」
「新ちゃんと一緒。
答えられなかったんだ…。」
「……どうして?」
「その友達がいたから水泳を続けているっていうのは否定できなかったから…。
でもね、いろいろ考えた結果、答えは両方なんだと思ったんだ。」
「両方?」
「うん、
俺は友達がいるから水泳が好きだし、心から水泳も大好きなんだって…。」
「受け入れたんだね…?」
「うん、そうなるかな。
でもね、水泳をするのはやっぱりそれだけの理由じゃないって思うんだ。」
「ほかにもあるの?」
彼女の問いかけににっこりと微笑む。
「それは新ちゃんが空の綺麗さを教えてくれたっていうのもあるんだ。」
「え?」
「俺も…、知り合いの漁師のおじいさんが嵐の日なくなったんだ…。」
「それって…。」
「うん、新ちゃんのお父さんが亡くなった事故と同じだと思う…。
だから水は実際…、怖いんだ…。
怖くなるまで俺は専門をブレ…、ええっと平泳ぎだったんだけど、事故から水が怖くてしばらく泳げなかったんだよ…。
そんな時君と出会った。」
はっ、と数年前、凛に連れられて岩鳶SCに行った時のことを思い出す。
あの時、彼は非常に怯えていた。
その理由がこれだったとは。
不安な表情を見せた新に対し、真琴は笑顔を絶やさなかった。
「君が泳ぎ方を教えてくれたんだ。空の綺麗さも…。
試しに空を見て泳ぐ方法…、背泳ぎをしてみたら凄く安心して水が怖くなくなったんだ。
新ちゃんが何に縛られてるのかわからないけど…、
新ちゃんは少なくとも俺を救い出してくれたんだ。
だから、君は一人じゃないんだよ。
俺が一緒にいるから。一緒に空を見よう。」
「真琴くん…。」
凛でも宗介でもないその想い。
真っ直ぐで包み込んでくれるような、そんな気がした。
「ほら。」と差し出される大きな手。
ちょこんとその手に乗せるとグッと力強く引かれ共に天に仰ぐ。
「ほら!!空はこんなに広いんだよ。
眩しくて輝いていて…、君と同じだよ。」
「私…、輝いて見える?」
「輝いてるよ。
俺には眩しいくらいかな。」
「そっか…。ならまだ希望はあるかな…。」
「あるよ。
俺は新ちゃんと一緒に空を見たい。
共有して喜びたい!」
グッと握られた手に力が入る。
少しびっくりしたが嫌ではなかった。
それよりも安心した。
「ありがとう…。
楽になったよ。相談して良かった…。」
黒い雲の隙間から少し光が差し込んだ気がした。
一緒に空を眺めてくれる人がいる。
それが特別な凛でなくても、今は十分に支えになった。
まだまだ綺麗とは言えないが天から光の梯子が降りてきている。
今それに乗らなければ光が消えてしまう、そんな気がした。
「もう少し頑張ってみるよ!」
口角が上がった彼女の表情に真琴はとびきりの笑顔を見せてくれた。
「そういえば新ちゃんは高校地元?」
「ううん、東京の鯨津高校。
一人暮らししてるの。今は帰省中。」
「へえ、凄いね。」
「凄くないよー。毎日いっぱいいっぱい。
真琴くんは…、えっと…。」
「俺は岩鳶高校なんだー。」
「その制服岩鳶だったんだね。
今日はいっぱい見かけたよ?」
「ああ、今日は登校日だったから。
…そうだ、新ちゃんさえよければ連絡先交換してもらえない…、かな?」
「私の?」
「うん、だめかな?」
「ううん、いいよ!
でもね、私部活が忙しくてすぐに返信できないかもだけど…、いいかな?」
「大丈夫だよ。
新ちゃんが送りたいって思うときに送って欲しい、かな?
俺もそうするし。」
「わかった。じゃあ交換!」
互いに携帯を取り出し赤外線で連絡先を入手する。
「いつまでこっちに居るの?」
「うーん、一週間くらいかな…。」
「じゃあ、明日も会えないかな?」
「いいけど…、真琴くんは大丈夫?」
「俺、部活やってないし…。」
「え?水泳部は?」
「俺の高校水泳部がないんだよ。」
「そっか…。
ごめんね、嫌なこと聞いちゃったかな?」
「ううん、大丈夫。
じゃあ明日、朝からいいかな?」
「うん、大丈夫!」
「じゃあ、俺迎えに行くよ。」
「そんなの悪いよ。」
「いいんだって、俺が迎えに行きたい。
それに新とデートできることがとっても嬉しいんだ。」
「で、デート!?」
「うん、だってそうでしょ?」
「え、あ、え??」
「新ちゃん可愛い。」
「真琴くん、からかうのやめてよ…!!!」
「からかってないよ、本当のことだから。」
ニコニコと微笑む彼は天然なのだろうか?
それとも…。
考えても仕方ない。
はあ、とため息一つに「じゃあ明日。」とかかとを翻すと、にっこりと微笑んだ彼は、「一人で帰ると危ないから。」と駅まで送ってくれた。
”デート”
その言葉に引っ掛かりはあったが、気分転換にはいい機会かもしれない。
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