Short Novel

□インスタント姫(上)
1ページ/13ページ

俺は今、ある選択肢を前に迫られ呻吟(しんぎん)していた。

今日まで生きてきた十六年間という人生の中でも自分にとって、十本指に入るくらい、慎重にならなければならない場面に遭遇している。惰性とはいえ、ぬくぬくと身を任せた暮らしを謳歌(おうか)してきた自分。そんな俺にまた一つの黒歴史が刻まれようとしていたのだ。



「大丈夫、お前ならやれるさ……。今までどんな決断にも断固とした意志で、乗り越えてきたのだから」



目をつむり深呼吸。手に汗握る紙幣を大事に抱え、自分の中にいる『神』に語りかける。
そう――俺の心の中には『神』がいる。
こうした慎重にならなければならない状況で、何度もその『神』の信託で、切り抜けてきた。後悔こそ全くないとは言えないが、それなりに俺は信用している。寧ろ、三十分近くこの場所に留まっていること自体、由々しき問題だ。早めに英断してこの場を去る――。今はそれだけに集中しよう。

風でがたがたいっている頼りない壁を背に、俺は目の前のエロ自販機を真摯な瞳で見据えた。そっと人差し指を前に突き出す。額から流れ落ちる汗を拭い、指先を『美幼女 未来ちゃん 十歳』のタイトルに合わせた。そこから滑るように左へとスライドさせる。ちょうど『悶える女子中学生 しおりの秘密』で停止した。
ふっ……、とキザな笑みを漏らし、優しく目を細める。

お前の秘密を知りたいのは山々なんだが、如何せんどうしようもないくらい、気になるものがあるんだよ。三日前まではお前に世話になろうと気持ちは揺るがなかったんだがな。ごめん……この急な好奇心を止められそうにないわ。
だけど、ちゃんと最後まで悩むよ?
その為に『神』は存在するのだから。『神』が……

来月のお小遣いまで残り十一日。残金三千五百円。
自販機のぶつALL三千円。なにを選んでも残金は五百円。失敗は許されない。
沈思――難渋――そして――

時刻は午後七時。辺りに人が通り過ぎる気配はない。車が通過していく騒音も今は聞こえない。暗闇に全てが同化する。
時はきた――――



「か み さ ま の い う と お り 。 あ べ べ の べ」



指先が止まったのは、やはり『しおり』ではなかった。
これはもしかしたら、なにかの暗示かもしれない。そう言い聞かせ、俺は迷いに蓋をした。

がこんっ……

それが、俺と『姫ラーメン』の出会いだった――――



††††††



現在、エロ自販機の存在は衰退の道を辿っている。
わからない奴に説明しておこう。そもそもエロ自販機とはその名の通り、自販機でエロ本やエロビデオを気軽に購入できる、画期的な機械である。大概田舎町の裏路地や物寂しい場所に鎮座しているが、都会でお目にかかることもあるらしい。
アダルトショップに入れないノミの心臓を抱える者、レンタルビデオ店のアダルトコーナーの暖簾(のれん)をくぐれない者。多種多様のケースで、自分の欲望に一歩踏み出す勇気が持てない男子全ての味方――
エロ自販機である。
特に俺のような中高生にはとても心強い味方だ。

そんな可愛い奴なのだが、こいつ、最近になってハイテク化が進みつつある。
絶滅保護種であることは間違いないのだが、こうして俺の田舎町にも存在する近況は嬉しい。しかし、数年前から防犯監視カメラなる遠隔管理マシンや、運転免許証認証機能やら、最新武装を遂げるエロ自販機が増えていると言う。俺としては余り歓迎の出来ない現実が、目の前に迫っているのだ。幸い俺の田舎町までまだ手は伸びていないが、いつ起こるとも限らない問題。正直、毎日気が気ではない。だが、今はまだこの恩恵にあやかりたいと思う。

だって俺の場合、ここしかねぇもん。

そして、俺は心底深い溜め息をついた。



「失敗した………………」



両手で抱えた物を、酷く打ちひしがれた心境で見下ろしていた。この自体を皆理解していないと思うから端的に教えよう。
俺は先程までエロ自販機でなにを買うか迷っていたわけだ。しかし、買うものは三日前から『しおり』と決まっていたわけだ。がしかし、『しおり』の隣に新商品が並んでいたわけだ。悩んだわけだ。その結果がこんなわけさ。

はぁ……
だってさ。だってだよ?エロ自販機で三千円のカップラーメンが売ってるんだよ?
『姫ラーメン』とか訳わからないネーミングで。……いや、白状すると容器に映ってる十二単(じゅうにひとえ)の可愛い女の子が最後の一手になったことは認める。古きよき装束をわりと愛しているし。俺好みだったこともある。
――だけど、本でもビデオでもでーぶいでーでもなく、カップラーメンだぜ!?エロ自販機に三千円のカップラが売ってるんだぞ!?気にならないわけないよな?つい魔がさしちゃったよ。俺……

それで本気であのエロ自販機、カップラを吐き出してきやがった。多少重みがあったので、期待を込め振ってみる。

からからから。

普通にかやくとインスタント麺の音しかしやがらねぇ……

俺は落胆していた。
まるで裏ビデオだと思って買った商品が、ばりばりぼかしまくられていた時の心境に、よく酷似している。
カップラのサイズは、カップラーメンの王様『カップヌードル』の、BIGサイズと同じくらい。ピンクのファンシーなデコ文字で『姫ラーメン』と書かれている。ちなみにメーカーは×(チョメ)ちゃん。舌を出した丸顔キャラの目玉がバッテンだ。

明らかに某カップラメーカーのエセブランドじゃねぇか。マルをチョメに変えただけって、芸がねぇ…………

なんだか馬鹿馬鹿しくなってきて、口元が哀笑を浮かべ始める。

学校帰り、一人、三十分も悩んだ挙げ句、夜のエロ自販機で三千円のカップラを購入する男子高校生。
な、哀れだろ?
本気で泣けてくるんですけど……






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ