ルークinヴェスペリア

□止まない雨の港町
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リ……………ン



リィ……ン


音が聞こえる。


なんだろう、鈴の音?


でもなんか、


リィ…ン


まるで歌っているような…


なかなか上がらない目蓋に苦戦しつつ、少しだけ目を開ける。

ぼんやりと霞みがかる視界は暗い。

いつの間にか夜になったのだろうか?
身体が鉛のように重い。かろうじて上げられた目蓋も気を抜けばまたすぐに閉じられてしまいそうだ。


眠い…でもいつまでも寝てたらまたユーリに怒られちゃうし。


何よりニンジンの盛り合わせ料理はもう嫌だ!!


ルークを突き動かしたのは食卓に並ぶ数々のニンジン料理。ジュースやパンまでニンジン色だったのを見た時は絶望した。


なんとか身体を起こそうと息を吸い込んだ瞬間だった。


「!?…が………っ…か、はっ!!」


ひゅっと突然息が詰まり、苦しさに喉元を抑える。
ただ単に息が詰まるのとは違う。まるで呼吸機関を抑えつけられているかのように、息を吸うことも吐き出す事も出来ない。

助けを求めて突きだした左手はくしゃりと何かを掴んだ。

それが何かなど今のルークにはどうでもいい。ぎゅっと目を閉じれば、生理的な涙がつうっと流れた。


苦しい…


薄れそうになる意識の中、遠くの方で声が聞こえた。
声は何故かルークの意識が薄れていくほどはっきりと聞こえ、最後には頭の中から響き渡る。


苦しい
苦しい
苦しい
苦しい



お ま え が



はっと目を見開くと、誰かの手がルークの左手をそっと握っていた。
もう片方の手は首…先程までルークが抑えていた喉元に添えられている。こちらは何故かルークの右手の下に潜り込んでおり、ルーク自身も気付かぬ間にその手を強く握り締めていた。


「うっ…げほっげほっ」


ルークが咳き込むと、手はするりとルークから離れていく。
すぐ側から気配は感じるので、ルークの様子を見ているのだろうか。


「けほっ…あ……れ?」


苦しくない?


急な酸素供給に数度咳き込んだが、ゼイゼイと音を立てる喉はちゃんと空気を送り込んでいる。ゆっくりと呼吸を繰り返せば、呼吸も大分落ち着きを取り戻した。


?変な夢でも見ていたのだろうか?


顔を下に下げて上半身を少し起こすと、現れたのは潰れた白い花達。


「わわ!ごめん!」


自分の左手にも同じ物が握られている事に気付くと、ルークは慌てて身体を起こした。その拍子に目の端に溜まった雫がポタリと落ち、花弁を濡らした。


ぱたたっ


「な、に?なんでぇ?」


もう苦しくないはずなのに、ルークの目からは次々と涙が溢れ出してくる。

さっきといい、自分の身体の異変に戸惑いながらごしごしと目を擦る。
と、ふわりと頭に暖かい感触。


「―――――――――」


掛けられた声に顔を上げ、ルークはあっと声を洩らした。


手を伸ばして口を開く。




自分はきっと…










「ね、ねぇユーリ!?いったいどこまで走ればいいの!?」


ルークも起きないしさあ!!というよく通る声に、ルークは本日何度目かの目覚めを体験する。


揺れる身体はお世辞にも寝心地がいいとは言えない。揺れる視界の向こう側に、満開のハルルの樹が見える。どうやら自分が寝ている間に出発したらしい。

もう少しだけ満開の花を見たかったなとぼんやりと思いながら、自分を抱えて走る青年を見やる。


ユーリはお?と声を上げると、走る足を緩めて止まった。

ユーリは多少息が上がっているぐらいだが、他のメンバーはゼイゼイと肩で息をしていて随分と苦しそうだ。


「た、たすかったぁぁ…」

「はあ、はあ、ぺ、ペース配分考えなさいよ…はあ、この、体力馬鹿!!」

「悪かったって。でもこいつ抱えた状態であいつらに追い付かれても面倒だったし、結果的にはちゃんと逃げられただろ?」

「だ・か・ら!配分を考えろって言ってんのよ!エステリーゼなんかふらふらで今にも倒れそうじゃない!」


ほら!とリタが指差す先には、身体を折り曲げて俯くエステルの姿があった。

これには流石のユーリも罪悪感を感じたのか、ルークを降ろしてエステルの顔を覗き込む。


「わりぃエステル、大丈夫か?」


ユーリの問いに、荒い息継ぎの合間にはい、とまだ苦しそうな声が上がる。


「た…確かに、苦し…かったです、けど…」


途切れ途切れに喋った後、エステルははぁぁぁと盛大に息を吐き出した。
そしていつものように背筋を真っ直ぐに伸ばし、極上の笑顔を作った。


「私、こんなに全力で走ったの生まれて初めてかもしれません!」


額にうっすらと汗の浮かべ「なんだか気持ちいいですね!」と笑う姿は純粋だ。純粋過ぎてキラキラと効果音が聞こえてきそうである。


「だとさ?」

「…あんたはもっと反省しなさいよ」


そんな平和なやり取りを横目に、カロルは未だぼんやりしているルークに話し掛けた。


「ルーク、何かいい夢でも見てたの?」

「夢?」

「うん。だっていくら起こしても全然起きなかったしさ」


ルーク寝てる間に大変だったんだから!
大袈裟に身振り手振りで語る少年の方を話し半分に聞きながら、ルークは内心で首を傾げた。

夢は見た…ような気がするのだが、内容がまったく思い出せない。

何か忘れてはいけない、大事な事を忘れているような…


「…てわけで、寝てるルークをユーリが抱えてここまで走って来たってわけ」


もう、本当に大変だったんだからと疲れた顔で一通り語り終えたカロルに、ルークはあ、と声を洩らした。


「ニンジンのフルコース!!」

「え!?何?何の話!?」


一人すっきりとした表情を浮かべるルークに、意味のわからないカロルは「食べろって事!?」と問いかける。


その一部始終は側にいたリタの耳にも届いており、彼女は遠くなったハルルの街に目を向けて呟いた。


「…馬鹿っぽい」
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