06/25の日記
16:50
とある王族の日常話B(試し)
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ルークはぱちぱちと数度瞬きをすると、大人しく体をずらしてユーリの上から退いた。何か言いたそうな顔はとても不満そうだったが、あの態勢ではこちらが落ち着かない。
軽くなった上体を起こし、腕を前へとぐっと伸ばす。そのままの状態から「で?」と隣に話かければ、「ああ゙」と不機嫌そうな声が返ってきた。
笑えとまでは言わないが、せめてそのチンピラのような態度はどうにかならないのか。
「さっきフレンがどうのとか言ってただろうが」
「だからどうすんだって言ってんだろうが」
「そこからわかんねーって言ってんだよ。主語を言え主語を」
「だーもー!!面倒くせぇなお前!!」
ルークはぐしゃぐしゃと自らの髪を掻き乱すと、ビシッと出入り口用の開閉扉を指差した。
それを追うように、ユーリの視線も扉へと向けられる。
「今フレン怒ってるだろ?」
「そうだな」
「てことはだ、見つかったら怒りの矛先はこっちへ向くわけだよな?」
「というより、現時点で既に俺に向いてるって方が正しいけどな」
「だから俺刺されるか斬られるんだろ!?」
「お前の頭の中はいったいどうなってんだ」
どこでどうぶっ飛んだらそんな結論にたどり着いてしまったのか。
しかもよりにもよって対象があのフレン。
いくらユーリに好意を持っていたとしても、自らに課せられた役割や義務を忘れる事はない。エステルがクエストに行きたいと言えば、例えユーリと話していようが押し飛ばして走って行き同行を求める。何よりユーリがルークをからかえば、直ぐ様飛んで来るのは怒声。それでも止めなければルークにはわからないよう笑顔で足を蹴るか踏んでくる。甲冑でガチガチの装備でそりゃもう遠慮なく。そしてその後お説教。考えてたら本当にユーリの事が好きなのか疑問になってきた。
ねぇわ。あの堅物に限ってそりゃねぇわ。
そう言ってユーリは否定するが、はいそうですかと大人しく納得するルークでもない。むっと口を尖らせると、バシッとシーツを両手で叩いた。
「お前、“痴情のもつれ”の怖さを知らねーのかよ!?」
「待て、何の話だ?」
「『愛しさ余って憎さ100倍。奪われるぐらいならあいつの命を…』」
なんか物騒そうな事を言い出したが、意味がわからん。
「誰にそんな泥沼人間関係なんか学んだんだよ」
まさか王宮でそんな物騒な知識は教えないだろう。いや、知らないが。一国の王になるだろう王子がもしもそんなもんを日々学んでいたとしたら嫌だ。
からかい半分に教えそうな奴らなら船に何人かいるので、そいつらに要らぬ知識を植え付けられたと考えよう。ルークは意外と素直なので、ちょいと真実味を込めて言えばきっとあっさりと信じる。うん、こっちの方が有力候補だ。
「誰って、ナタリアだけど」
マジか
「エステルから借りたとか言ってた変な本握り締めてすっげぇ熱く語られた。」
マジか
変な本…そういやなんか読んでたな。いつもの事だと思って気にしなかったが、最近部屋出る時やたらと真剣な顔して「気をつけてくださいね?」とか言ってたのはこれが原因か。
「適当に聞き流してたら怒ってくるし、終いにはエステルまで加わって語り出すからうぜぇ
ったらねぇし」
なんかうちの姫さんが申し訳ない
まさか他国の姫さんを巻き込むとは…にたような身分同士、仲が良いのは全然構わない。ルークの様子を見る限りアッシュ辺りも巻き込まれてそうだが、身内内ならばまだ許容範囲だ。
後はライマのお守り役達がなんとかしてくれると信じよう。
「お前さ、本気でフレンが斬りかかってくると思ってんの?」
ユーリが足を軽く組んで尋ねれば、ルークも腕を組んでうーん、と悩みだした。
そもそもあの堅物がこのお坊ちゃんに剣を向けるわけがないのだ。仮に王族の肩書きがないとしても同じ事が言えるだろう。
斬りかかってくるとしたらやはり矛先は自分か。…止めよう、考えてたらマジで洒落にならない気がしてきた。
「…だよな。フレンお前と違って優しいし」
「悪かったな」
「会ったら飴とかお菓子くれるし」
「どこのじいさんだよ」
まさかこのお坊ちゃんの為にいつも常備してんのか?
あいつならあり得そうだ。
そんな事をつらつらと考えていると隣から視線を感じた。「何?」と尋ねればふいっと顔を背けられる。
「俺じゃなくって、どっかの甘党男の為だろ」
ぶっきらぼうに言われた台詞に、今度はユーリの方が「はぁ!?」と抗議の声をあげた。
その言葉の意味がわからないほど鈍くもない。
「俺あいつから菓子なんか貰った事ねーぞ?」
「…知んねぇ」
呟くようにそれだけ言うと、ルークはまた黙ってしまった。
ユーリとしてもそっち関係の話題を続けたいとは思わない。
何か別の話題でも出すか?と考えふと腰周りが軽い事に気が付いた。
「そういや、お前さん追い剥ぎはどうしたよ?上着がどうのって言ってたけど」
上着という言葉にルークの眉がピクリと反応し、ユーリをジロリと睨み付けた。
何度も言うが、こちらは一応被害者だ。不快とまではいかないが、とても理不尽である。
「…質入れ扱いされてる」
「なんだそりゃ」
「知らねぇよ。返して欲しかったら代わりの物
持って来いとか言いやがるし」
「んで、俺の腰帯?俺が言うのもなんだが、またずいぶんとランク下がったな」
質の意味でもそうだが、物的にも釣り合いが取れるのか些か疑問なところだ。
というか、どんな遊びしてんだあいつらは。
「お前から取る事に意味があるんだとよ」
「俺から?」
「腰帯だけでも高値が付くとかなんとか」
「その話、詳しく教えて貰おうか」
完全に油断した。
ただの子供の遊びだろうとなめていたが、ルークの今の発言からして背後にいるのは恐らく金の事となると一層逞しいあの女だ。
早いとこ回収しないと俺の帯が危ない。色んな意味で。
「大丈夫じゃねーの?」
ルークは組んだ足の上に肘を着くと、手の上に顎を乗せて面倒そうに口を開く。
呑気なものだ。自分は既に納品を済ませているのだからそりゃ安心だろうよ。
「あの女だけなら知らねぇけど、ガキ共とかロイドが付いてんだからほっときゃそのうち帰ってくんじゃねぇの?」
ユーリの心境を知ってか知らずか、言葉を付け足したルークに驚いてまじまじと顔を見つめる。
それに気付いたルークがなんだよと顔を顰めたが、構わず暫く見続けた。
と、突然ユーリの眼が真剣なものへと変わり、わけの分からないルークは思わずたじろぐ。
「お前…」
「…なんだよ?」
「気遣いとか出来たんだな」
「はあ!?」
「いや、単にロイドを信頼してんのか?どっちにしろすげぇ進歩だな」
「何言ってんだお前?」
ルークに話すと言うより、まるで独り言のようにぶつぶつと呟くユーリ。
ルークでなくとも疑いの眼差しを向けるのは当然の事だろう。
「可愛いとこもあるもんだと思ってね」
警戒心とプライドだけは高い坊っちゃんだ。船に来た当初は庶民のガキ共に混じって遊ぶなど到底考えられなかったものだ。大所帯で過ごして精神的にもだいぶ落ち着いたのではないだろうか。
「ぶっ殺すぞてめぇ!?」
言葉遣いは相変わらず可愛くないが。
照れ隠しに怒るならまだ許そう。
そんな殺気を露にされたら冗談だとも言いにくいではないか。
「褒めてんだって。そんなずっとカリカリしてっと、食堂行った時に牛乳出されるぞ?」
ユーリがニヤリと口角を上げると、ルークはう゛っと言葉を詰まらせた。
顔を青くさせて俯く様はまるで何かを耐えているようだ。
既に体験済みだったか…
あの様子ではリリス辺りにでも飲まされたのだろう。ちゃんとカルシウムを吸収出来たかは怪しいが。
「そういや、さっきはなんでコレットと一緒だったんだ?」
コレットやジーニアスがロイドと一緒にいるのは確かによく見る。いつの間にかコレット達とも仲良くなったのだろうか。
だとしたらやはりかなりの進歩だ。お祝いに冷蔵庫にある俺の秘蔵のプリンを…いや、勿体ないからやっぱり止めよう。
「くじ引けっつーから…」
「んなおちだと思ったよ」
つまりは、くじ引きで偶然ペアとなっただけということか。
コレットでよかった。他の者ならきっとルークと二人がかりで容赦なく襲い掛かってきたであろう。
小さな幸運に感謝しつつ、それにしてもと不機嫌そうに隣に座る王族様を見やる。
「お前さ、気になんないわけ?」
「何が?」
「突然こんな狭いところに連れ込まれて何されんだー?とか」
「何する気だよ?」
首を傾げ、怪訝そうにユーリを見るルークからは警戒という様子が全くない。寧ろ普段話してる時の方が警戒してるぐらいではないだろうか。
なんだか他国とはいえ国の将来が心配になってきた。基本はちゃんと教えとけよお守り役。
「知らない奴にいいもんやるって言われても付いてくなよ?」
「馬鹿にしてんのかてめえ」
「まさか。ちょっとライマの奴らに同情しただけだって」
「してんじゃねぇか!!」
「してないしてない」
片耳に指を突っ込み、空いてる手を面倒そうに振られても説得力など微塵もない。
逆に相手の神経を逆撫でする行為。
短期なルークがこれに乗らないわけはない。
実際、ルークは目を吊り上げ、「言っとくがなあ!!」と声を荒げた。
「俺はお前をどうこうしようって気はねぇからな!」
「………」
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