感謝記念
□花旦に為りて花茵に酔う
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*花旦…娼婦などに扮する役者
*花茵…花のしとね
はっきりしたきつめの目元を強調するように彩り、唇には真っ赤な紅をまとわせた女がひとり、路地の隅に立っていた。
甲斐の城下町は夕刻過ぎても尚にぎやかで、ことさら表から少し入った裏街の活気はこれからが稼ぎ時と勢いづいている。
通りからの客を茶屋の中から誘う女たち、道端に立って客を品定めする女…皆、一様に濃い化粧と艶やかな衣装を身にまとい、
一夜の契りを求めてやって来た男たちに様々な微笑みを投げる。
先ほどからずっと、路地の隅に立っている女はそんな様子を表情変えずに見詰めていたが、薄闇の中でも
その美貌が見て取れて、当然幾人もの男たちが声をかけた。
けれど、その度に女は美しい眉を寄せ、凍りつくような冷たい視線で触れようとする男たちの手を払いのけた。
「ちょっと、あんた。」
そんな女に、襟元を広く開けてむせ返るような強い香を漂わせた女が仲間の女たちを従えて近づいて来た。
「見ない顔だねぇ、立ち君(道に立つ女)は初めてかい?挨拶もないけど?」
どうやら、立って商売する女たちの頭なのだろう。
いかにも立場は上だと言いたげに自分よりも背の高い、先の女に顎をあげて見下そうとする。
けれど若い女は言葉を発せずに、やはり冷たい視線で応えた。
その目は文句があるならば命がけで来いとばかりに挑戦的だったが、そこはいくつもの修羅場を越えて色町に流れて来た女、怯みはしない。
「なんだい、その目は。ここにはここのしきたりがあるんだ、それを教えてや…。」
そしてずい、と若い女に近づこうとして
何かが二人の間に割り込んできた。
「はいはいはい、ごめんなさいよ!」
それはやはり背の高い女で、成りは普通の町娘のようだ。
「こんなところに居たの、探したのよ〜。ごめんなさいねぇ、姐さんたち。この子が迷惑かけちゃって。後でよーく言っとくから。
お仕事の邪魔しようなんてちっとも思ってないんですよ本当ですよ。」
そして愛想のいい娘は口早にまくしたてると、笑顔には似合わぬ強い力で若い女の腕を掴み、有無を言わさず逃げるように走り出した。
「あんなところでいざこざ起こしちゃ駄目でしょ、佐助。」
表通りまで来たところで、腕を振りほどかれた町娘姿の才蔵が言った。
「なんか派手な化粧してると思ったら突然居なくなるしさ、何やってたのあそこで。まさか…。」
「商売なんかするわけねーだろ、馬鹿!」
続きを言わせずに佐助がキッと睨む。
その瞳は素顔の三倍増しで鋭い。
「俺…あたしはただ、色町の女たちの振る舞いを観察してただけだ。」
言い直しても具合悪そうにする佐助に、才蔵は腕を腰にあててため息をついた。
「あんた…変化は完璧なのに、相変わらず演技が下手ねぇ。」
「…う…っうるせぇっ!信玄と同じ事言うな!」
顔の中心を赤くしながら、佐助が才蔵に飛び掛る勢いで叫んだ。
そう、全ては信玄の一言から始まったのだ。