新婚さん
□新婚旅行に行こう!D
3ページ/10ページ
…これは俺の一生の不覚…!
幸村は自分を責めていた。
責めて責めて、乗った馬まで必死に走らざるを得ないほどの雰囲気を醸し出していた。
楽しかったのか何なのか良く分からないが、とにかく緊張しっぱなしの旅もいよいよ終わりと越後に別れを告げ、
上野に宿を取った二人は仲良く静かな夜長に酒を飲んでいた。
最も、飲むのは幸村だけで姫は傍らで酌をしているのだが。
「あら…。」
と、酒瓶を傾けた姫が空になったを確かめるように控えめに振った。
「もう少し貰って来ましょうか。」
「あ、いいえ俺が行って参ります。」
「まあ…ふふ。」
姫は立ち上がろうとする幸村を制して、先に立ち上がった。
「私が行きますよ。少し待ってて下さいね。」
「しかし、姫様にそんな事を…。」
幸村の言葉に、姫がちょっと唇を尖らせた。
「またそんな事。私はあなたの妻なのですよ、これ位は出来ます。」
まるで大変な冒険に出掛けるかのように胸を張る仕草に、幸村も可笑しくなってそれでは、と頷いた。
姫が微笑みながら障子を閉めると、幸村は杯に残った酒を飲み干してふう、一息ついた。
これから寒くなる季節、急ぎの旅人が多いのか旅籠は賑やかだが、台所は階段を下りてすぐのところだし大丈夫だろう。
それよりも姫が言った『妻』と言う言葉の響きに酔いが急に回った気がする。
未だに姫様と呼んではいるが、確かにあの方と俺は祝言をあげたのだ。
朝目覚めれば傍らに、夕刻屋敷に戻れば笑顔で。常に姫の存在がある。
酒の所為ではなく、心の中が温かいもので満たされていく。
これが幸せでなくてなんだと言うのだ。
幸村は一人である事を幸いに、思わず笑みがこぼれるのを止められなかった。
が
その、武人としてあまり人に見せたくない顔はすぐに隠さねばならなかった。
突然二階である部屋の窓が開いて、佐助が入って来たのだ。
「失礼します、幸村様。」
入ってから失礼します、もないものだが幸村は空の杯を持ったまま何事だ?と目を向けた。
後で"次からは返事を待ってから入れ"と命じなければ、と思いつつ。
「先ほど町を偵察しておりましたら、あの男を見かけましたので一応ご報告を。」
「あの男?」
「お忍びの風体でしたが、あれは確かに奥州の…伊達政宗かと。」
幸村の眉がぴくりと動く。
確かに領地は隣接しているが、こんな場所にどうしてそんな人物がいようか。
酔いは一気に醒めてしまった。
「まさか、俺たちがここに逗留しているのを知って…?いやいやそんなはずはないか…。」
珍しい出会いではあるが、今まで散々姫にちょっかいを出された関係上、探して親交を深めたいとは思えない。
「これは注意した方が良いな。明日は早々に発とう。報告ご苦労だったな、佐助。」
「…で、姫は?」
「姫様は先ほど…。」
言いかけて幸村の胸に嫌な予感が走った。
そしてそれは佐助にも伝わった。
「!」
その時、二人は廊下に人の気配を感じて同時に立ち上がると、乱暴に障子を左右に開け放った。
「ひゃあ!」
その剣幕に、立っていた女中が悲鳴を上げた。
佐助が舌打ちするのを聞き流して、
「ああ驚かせてすまん。何か用か?」
出来るだけ穏やかに幸村が言うと、驚愕のままの顔で震える手が持っていた白い紙を差し出した。
「これは?」
「さ、さっきお連れ様と一緒だった方から、渡せと…。」
「連れと一緒?それはどう言う…!」
「まさかそれ!」
瞬間厳しい顔に戻った幸村と佐助に、女中はまた悲鳴を上げて走り去ってしまった。
ざわめく胸を押さえようも無く、幸村が紙を広げるとそこには急ぎ書いたらしいがそれでも流麗な文字があった。
『 せっかくの旅、姫をもてなしたいので預かる
政宗 』
文字は美しくても、短い内容は幸村にとってはあまりに酷いものだった。
「…!」
くしゃりとそれを握り締めた幸村は、姫の姿を求めて走り出した。