赤い妄想綴り(弐) 

□赤い蛍
1ページ/4ページ


「それでは姫様、お休みなさいませ。」

幸村はゆっくりそう言うと、言葉とは裏腹に名残惜しそうな表情を見せた。
夜が明ければまたすぐに会えるのは分かっているのに、いっそこのまま共に白む空を見詰めたいと思ってしまう。

「…。」

想いは姫も同じようで、膝をついてきちんと礼をした幸村のちらりと見せた表情に切なくなって
簡単に『お休みなさい』と返せない。

と、幸村の向こうに広がる、すっかり暗くなった中庭に何かが光った。

それは小さな小さな光で、ふわりと浮いては止まる。

「姫様?」

応えがないのを不思議に思い、顔を上げた幸村がその視線に気づいて振り返った。
そしてハッとしたようにその光を目で追った。

「こんなところに蛍が…。」

「蛍…?」

呟きに姫が聞き返すと、姿勢を戻した幸村が小さく頷いた。

「すぐ傍を流れる川に沢山おります。…が、屋敷にまで飛んで来るのは珍しいですが。」

すると姫は立ち上がって、幸村の横を通ると庭へと下りようとした。
そこへ、いつもとは違う厳しい調子の声がかかった。

「いけません、姫様!」

驚いて振り返ると、幸村が部屋の明かりを背に受けて、真剣な顔で立っていた。
その脳裏には、かつて主とともに闇を切り裂いた戦場の記憶が蘇っていた。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ