赤い妄想綴り(弐)
□茶会への誘い
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甲斐の空は今日も清々しいほどに晴れ渡り、珍しい客たちを歓迎しているかのようだった。
「お久しぶりです、お元気そうでなにより。」
天下の茶人、利休がにこやかに言う。
それを受けて、姫も笑う。
「はい、元気にしております。お二人もお変わりありませんか?」
「我輩はいつも元気だよ〜今日は姫様に会えたから、益々元気になったけどね〜。」
眩しい日差しが溢れんばかりの中庭を案内しながら、姫は久しぶりの再会を喜んでいた。
招いたのは信玄で、利休に是非茶会をと頼んだのだ。
うちわだけのものだが、もちろん姫のために。
「さて…ではそろそろ茶室の方へ参りましょうか。」
利休が言った。
「荷物はもう運んでございます。」
さっきからずっと、そばに控えていた幸村が言うと、
「本日は天下無双の武人もあたくしの茶会に?」
と嬉しそうに聞いた。
それに慌てて幸村が首を振る。
「拙者はどうもそう言うものは苦手で…。申し訳ございませんが。」
「そう言わず、どうぞいらして下さいな。あなた様のような方にこそ、侘び寂びを
感じて欲しいのです。」
「ああもう幸村くんは嫌だって言ってるんだからいいじゃない。ねぇ、姫様。」
「カブキ者はだまらっしゃい!茶の湯とは、そもそも武を…。」
はいはい、と慶次が歩き出し、利休がお待ちなさい、と追いかける。
それを見ながら姫と幸村は同時にくすっ、と笑った。
が
躑躅ヶ崎館の一の曲輪、信玄の居室近くに設けられた茶室では事件が起こっていた。
「…。」
「…。」
五右衛門と佐助が呆然と座り込み、見詰めている物は。
まっぷたつに割れた、黒茶碗だった。
「…確か、、あの茶人これひとつで城が出来るとか言ってなかったか…。」
「…わ…割れてる…よな…。」
先ほど、興味本位で茶室を覗き、運び込まれていた荷物の中から
大層な桐の箱を見つけて開けてみたのだ。
相当な値打ちの茶碗だと聞いて。
「…俺たちじゃねーよな。」
「当たり前だ、開けたらこうなってたんだ。」
「利休先生の荷物、ここに運んだのは…?」
「俺だよー!」
その時、息を切らせて飛び込んで来たのは才蔵だった。
五右衛門と佐助はぎょっとしてそちらを見た。
流石に才蔵も青い顔をしていて、慌てて持って来たらしい箱を差し出した。
「お館様のとこから持って来た。代わりにならないかな。」
見てみると、確かに似たような茶椀ではあるが、差し替える理由を言わずには置けないだろう。
「何とか、ごまかしといてよ。こっちがくっつかないかやってみるからさ!」
「お前、無理無理!ごまかしようがねぇよ!」
「割った事正直に謝れよ、一緒に言ってやっからさ!」
二人が説得すると、才蔵はムッとして顔をしかめた。
「俺、割ってないよ?どんなのかなって見たらもう割れてた。」
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利休と慶次、そして姫が茶室に入ると、そこは無人だった。
そして利休が持ち込んだ道具に足りないものがひとつ。
「おや、あたくしの茶碗がございませんね…。」
「あれー?どうしたのかなー?」
慶次が大げさに言う。
と
突然、茶室の中で風が起こり、一同が驚いていると、三人の忍びが現れるなり平伏していた。
そして、その前には割れた茶碗がひとつ。
それを見るなり、理解して姫が言葉を失う。
そして利休と慶次の顔を見たが、二人はいたって平静だ。
「あ…あの…。」
姫が何かとりなさねば、と口を開いたが佐助の方が早かった。
「これなる才蔵が運んだ時にはすでに割れていたと言う事ですが、それ以前の事は分かりません。
処分を受けるならば我等三人に、お願いいたします。」
「猿飛…。」
顔を上げず、畳に伏したままの三人を前に、利休は動ぜずに、けれどはっきりした声で呼んだ゛。
「慶次!」
「あ、やっぱわかっちゃった?」
決して悪びれず、ははは、と大口開けて慶次が笑う。
「は?」
「え。」
「な?」
三人の忍びが同時に声を上げた。
「このカブキ者めが!大事な茶碗を割って知らんふりとは!」
「いやー、言うの忘れてたんだって、本当だよ!ごめんごめん!」
「ごめんで済みますか!」
利休が怒って拳を振り回すのを、姫が慌てて止めた。
「利休先生、どうかどうかお怒りをお沈め下さい。元はと言えば私を慰めようと
信玄様が茶会を所望して下さったのです。私のせいですから…。」
「おやまあ、このカブキ者をかばうなんて姫様。」
姫が利休の拳を取って宥めたので、茶人は急に大人しくなった。
そして、姫の手に包まれている自分の指と畳の上の割れた茶碗とを見比べてふっ、とため息をついた。
「…形あるものはいつかは失われる運命。それこそが侘び寂び…あたくしとした事が。」
そして利休は、佐助に庭の草花を少し摘んで来る様に頼んだ。
風のように去り、すぐに風のように戻って来た佐助の手には、土のついたままのたんぽぽが二株。
「おやまあ…。」
その乱暴ぶりに苦笑しながら利休はそれを、割れた茶椀の欠片の上にそっと置いた。
「これは、甲斐の忍びの侘び…でございますな。」
その頃、信玄は自慢の茶碗がないと探していた。
「ううむ、せっかく利休に目利きしてもらおうと思っておったのに。ああもう、どこだ!」
「それでは仕方がないので、丁度良い具合にここにある茶碗で点てましょう。
あたくしの茶会でしたら、このような名も無い茶碗でも十分楽しめましょうから。」
才蔵の持って来た茶碗を持ち上げて、利休が穏やかに笑った。
'10'03'29
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