赤い妄想綴り

□夜
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この国に来てもうどのくらい経っただろう。



姫は一人、部屋から出た。



初夏とは言え、深夜の庭の空気は静かに澄んでいて涼やかだ。



…甲斐は良い国。城の人々は優しいし、信玄様は何かと和ませてくださるし



穏やかな日々は、あの恐ろしい一夜の記憶を薄らごうとする。

けれどこうして一人になると

どうしても思い出してしまう。

燃え盛る炎、人々の悲鳴…そして

父の首級を片手に笑うあの、男の声…。



「…痛…。」

姫は思わず口にして足元を見た。

裸足で庭に下りてしまって、敷き詰められた白石に傷ついてしまったようだ。

こんな、命すら持たない小石にすら負けてしまうなんて…。

姫はその場に立ち尽くした。

自分の力のなさは自覚しているが

両親の無念と信長の非道さを身をもって知りながら

一人では何も出来ずただ安穏と生活している自分が情けなくなったのだ。





「眠れないのか?」



音もなく近づいた影が言った。

振り向いた姫の瞳に涙が光っている事は

闇夜であっても忍びならば見える。

「…五右衛門…。」

差し伸ばした細い手を、五右衛門がしっかりと握る。

そして力強く抱き寄せると

「部屋へ戻ろう。」

そう小さく言って半ば抱き上げるようにして歩き出した。




「寝付けるまで側にいるから。な?」

汚れた足を布で拭いてやりながら
五右衛門が言うと姫はこくんと頷いた。




「…いつでも、居る、から…。」

壁に背をついて座した五右衛門は、

腕の中の姫の髪を撫でた。

声もなく泣きながら寝入ってしまった姫には

届くこともない言葉を呟きながら。







'07'20



****五右衛門拷問ですね…。(汗)

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