新婚さん

□新婚旅行に行こう! F
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「ねぇ幸村…。」

姫は、いつになく嬉しそうな表情で隣に座っている幸村に話しかけた。

「もう少し近くに寄った方がいいのではないでしょうか…いっそ腰に手を回すとか。」

言いながら自ら幸村に擦り寄り、ねっ?と同意を得んと微笑んだ。



もう間もなく奥州から出ると言う国境い近い街道は、冬本番前に旅を済ませようと言う人々が忙しげに行きかっている。

それをのんびりと眺める茶屋で休憩中の姫と幸村、そして


風を避けて茶屋の中で仲良く暖まっているのは 奥州の竜、越後の龍、そして勿論甲斐の虎…と言うあり得ない程の豪華な面々だ。



「ほらぁ、皆がこっち見てますよ…仲良しなとこ見せなくちゃ。」

すると、正面を向いている間は今まで見せたことも無いほどのしかめっ面をしていた幸村が姫の方に顔を向けた。

「…何が悲しくて…。」

「幸村様のため、でしょ。」

幸村の台詞を遮った姫は、悪戯っぽく笑う。

「…お前…。」
「あー駄目駄目。今、あたしは姫様。あんたは幸村様なんだから。」

ちっ、と軽く舌打ちした幸村は仕方なく腕を姫の腰に回し、主たちに背を向けているのを良いことにうんざりした顔をした。

昨日、才蔵の策に乗ったのを激しく後悔している。

そして右側にぴったりと寄り添う姫が、この上なく幸せそうに笑うのが何とも言えない気持ちにさせた。

「…お前…いや、ひ、姫様とても嬉しそうですね…。」

「ふふ、そりゃそうですよ…おおっぴらに姫様になれるんですもの。そしてそれがお二人の為になるんだから。」




今頃、本物の幸村と姫はのんびりと相模あたりに向かっているだろう。

奥州を出る時に、信玄はともかく、旅支度の政宗と謙信に気づいた才蔵が提案したのだった。

「このままでは新婚旅行どころではありません。俺と佐助が変化して一行をひきつけますから、その間に離れて下さい。」

初めは私用に二人を巻き込むのは…と渋った幸村だが、変化の練習にもなるし…と説得されて早朝旅立って行った。
承諾はしたが、最後まで納得はせずに面白くなさそうな佐助を残して。

だが。


「なんで俺がこんな事しなきゃならん…。」
「それは私だって同じですよ…。」
ふふ、と笑いながら幸村に身体を預ける姫の言葉が終わると同時に、背後に気配を感じて幸村が唐突に言った。

「ひ 姫様、お寒くありませんか。」

(…佐助、声裏返ってる…相変わらず演技下手だねぇ…)
「大丈夫、寒くなどありません。」
姫が補うように応えて、とっくに気づいていたのにハッとしてみせて後ろに立つ信玄を見上げた。

「そろそろ発つか。三河は遠いからのう。」

いつのまにか行き先まで決められていて、これでは本当に新婚旅行どころではない。

それでは甲斐を通り過ぎてしまいます、などと抗議できる相手でもなく、またすでに当初の目的を外れて
なんだか親睦旅行の様相を呈して来て嬉しげな信玄はうむうむ、と頷いて見せた。

「…破…っ」

幸村が立ち上がって一礼すると、満足そうに笑った信玄が姫に言った。

「長旅になるが、疲れたら遠慮なく言うが良い。我がいつでも背負って…。」
「それは駄目だよ、大虎。幸村君の前でそんな事言っちゃあ。」
「そう言う親父こそが疲れるのではないか?途中へばっても知らぬぞ。」

けれどその言葉は最後までは言えずに遮られる。

自分ばかりいい子になりおって、だの
人知れず言うものだよそんな事は、だの
自分が一番若くて元気なのだから背負うのは自分、だのと口々に言い合う主たちを幸村がうんざりしつつ眺めていると
ふと、謙信があたりを見回した。

「おや、姫は…?」
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