新婚さん

□新婚旅行に行こう! B
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☆新婚旅行に行こう!Aの続きですので、未読の方はそちらから読んで頂くと分かりやすいと思います。



それは、日常的な朝の風景だった。
互いに朝餉の膳を前にして向かい合う幸村と姫。

ただひとつ違うのは、ここが住まう甲斐の屋敷ではなく越後の旅籠である、と言う事だ。

静かな夜が明けて、外は快晴。
少し街中から外れているこの旅籠も、階下は賑やかくなって来た。
が、二人はそんな事お構いなしに見詰め合っている。
何も知らぬ姫はともかく、幸村にとって久しぶりに人目を気にせずゆっくり出来た気がする朝だ。

膳の上には白い粥と青菜の揉んだもの。
ただそれだけの簡単なものだが、二人きりで旅先でのひと時であれば文句の出ようもない。
「今日は如何いたしましょうか?越後の見所など回るのも良いかと思いますが。」
見詰め合っていた視線をようやくはずして、幸村が椀を取る。
続いて姫も箸を取った。
「そうですね、お天気も良いし…。」
のんびりと、視線を窓の外へと向けた時。

ダダダダッと勢いのある足音が聞こえたと思ったら、
「失礼致しますぞ!」
と勢いのある声がして、その声と同様に激しく障子が開かれた。

「おお、朝餉の最中でございましたか!小生とした事が失礼仕りました!」
返事を待たずに部屋に飛び込む事自体失礼だとは思ったが、幸村はとっさに言えなかった。
昨夜の、せっかくのもてなしに断りもなしに背を向けた事が心に引っかかっているのだ。
「早く来ねば、出立してしまわれると思いましてな。ささ、小生に遠慮なくどうぞお召し上がり下さい!
越後の米は美味しゅうございまするぞ!」
その幸村の心中を知ってか知らずか、晴れやかな笑顔で現れた兼続は部屋に入ってすぐのところに座した。

「兼続殿。昨夜は申し訳…。」

遠慮なくどうぞ、と言われても待ち顔で部屋に座り込まれては少々居心地悪く、また
ちゃんと謝罪もせねば、と幸村が椀を置いて向き直りながら言いかけると
「ああ!みなまで申されるな!小生こそ考えが足りず申し訳なかったと思っておりまする。
あれから信玄公からお聞きした所、お二人は新婚旅行でいらっしゃったと。」
右手を上げて幸村の言葉を遮り、兼続の方がぺこりと頭を下げた。
「そのようなお二人に宴など無用でしたな!無粋者でお恥ずかしゅうございまする!」

恥ずかしいと言いながらにっこり笑う兼続に、それじゃあ今ここに居るのは無粋ではないのかと
言いたい気持ちをぐっと抑えた幸村だったが
次の言葉には流石に心の中の声さえも出せなかった。

「ですから今日は一日、小生が越後をご案内致しますぞ!」

昨晩寝ずに計画を練って参りました、とか紅葉にはちと遅うございますが、とかの台詞は
幸村の右の耳から入って左に抜けた。

「…ええと…。」

昨夜の甘い気分が一気に吹っ飛んでしまって幸村は言葉を探す事すら出来ない。
そんな、頭の中まで固まったかのような幸村に気づかず、姫が少し頭を下げた。

「お忙しいでしょうに、ありがとうございます。今ちょうど、どこへ行こうかと話していたところでした。」
その言葉が兼続を喜ばせ、幸村を慌てさせるとも知らずに正直に言う。
幸村が姫!と困った顔を向けるのと、兼続の声とが同時だった。

「それはようございました!ではでは早速出かけようではございませんか。
おお朝餉がまだでございましたな!ささ、どうぞ召し上がれ!」
満面の笑みが幸村と姫を交互に行き来した。
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