捧げ物

□想うはひとり
1ページ/2ページ

☆14000打を踏んで下さった千鶴さまからのリクエストで
「姫様大好きな幸村なのに気づかない姫、苦しくて切なくてけれど、最後はハッピーかそれに近いもの」
(私が省略したら変な文になっちゃってすみません)
です。
千鶴さまへ捧げます。☆


   ******* 

…姫と五右衛門がまだ甲斐に着たばかりの頃のお話…


どこまでも澄みわたる空は青く、高く舞う鳥達の声ものどかに響く。
穏やかな朝の空気は、信玄の屋敷を包み込んでいるかのようだ。

そんな静かな時間でありながら、一角だけ慌しい雰囲気の場所があった。
もうもうと上がる湯気、カチャカチャと器のぶつかる音。
そして忙しげに動き回る女中たち。
ここは屋敷内の全ての人々に朝餉を支度している厨房なのである。
女達の戦場のようなその場所で、一人そこに似つかわしくない者が
膳にひとつひとつ、丁寧に出来上がった物を乗せていた。
「うむ…これで良かろう。」
幸村は毒見を済ませた朝食の配膳を確かめて一人頷いた。
そして自らその膳を"虎の間"で待つ姫の元に運ぶ。
およそ武将たるものの仕事ではないが、主の命令とあればしかたない。
不本意ながら、今は姫の世話係なのだから。

いや不本意、と言うのは正しくはない。
けれど決して嬉しい事とは思ってもいない。
なぜなら
「おはようございます、姫。」
障子ごしに声をかけると、すぐさま返って来る声。
「おはようございます、幸村。どうぞ。」
涼やかで、透明なその響きが耳に入ると心臓がドキリと鳴るのだ。
思わず胸を押さえたくなるほどの苦しさだが、両手に膳を持っていてはそれも出来ない。
「いつもご苦労だな、ついでに俺の分も持って来てくれれば良いのに。」
五右衛門が挨拶なしで障子を開けた。
「五右衛門様のは厨房にありますからご自由にどうぞ。」
「ちぇっ、わかってるよ!」
口を尖らせながら五右衛門が出て行くと、幸村はちらりと上座の姫を見た。
そしてほんのりと微笑んだその表情に頬が熱くなる。
「ど…どうぞ。」
慌てて膳を姫の前に置き、自分は少し下がって座った。

「ありがとうございます。では、いただきますね。」
姫が白く細い指で箸を取る。
じぃっと見詰めては失礼だと思いながらも、幸村は目が離せない。
静かに運ばれる箸の行方を、どうしても見ずには居られなかった。
ただ食事をしているだけなのに、ひとつひとつの動作が流れるように優美だ。
(女人とはこのように美しく食事をするものなのか)
感心するように見詰めていると、五右衛門が自分の膳を抱えて戻って来た。
「さぁて、オレもいただくとすっかな!幸村もここで食べればいいのによ。」
無責任に言い放ち、どっかと姫の斜め前に座るといきなり飯をかきこんだ。
「い、いえ、拙者は後でいただきますので。」
ここで、姫と一緒に食事など喉を通るとは思えない。けれど
「それはいいですね。いつも私たちだけがいただくのを申し訳なく思ってましたから
是非幸村も一緒に。」
幸村の心の内を知らずに姫が賛同する。
その無防備な微笑みに抗える力は幸村にはなかった。
「…で、では…明日から…ご一緒に…。」
「良かった!それでは朝からずっと一緒と言う事になりますね。」
箸を置き、両手を合わせた姫に五右衛門が口をもごもごさせて言う。
「ずっと一緒、て…まだ槍の稽古続けるつもりかよ?」
「勿論よ。せっかく幸村が教えてくれるのですもの。私だって自分の身くらい守れるようになりたいわ。」
「ふーん…あ、この山菜汁うめー。」
主従の会話を聞きながら幸村はまた、胸を押さえたくなった。
(ああ…今日もまた、槍のお稽古をなさるおつもりなのだ…。)

それは歓迎すべき事ではある。
姫として護身を学ぶのも大事だし、また教え甲斐もある相手である。
けれどやはり不本意…と感じるのは側に近づき過ぎると苦しくなると言う、心と身体が
相反する現象が起きるからだ。

ただ、見詰めるだけでいい。

幸村はそう思っていた。

自分の胸の中に芽生えた初めての感情がなんなのか、流石の戦馬鹿でも分かっている。
だが、この想いを姫にぶつける事は決して出来ない。
相手は亡国とはいえ一国の姫、ましてや男ならば誰しもが手に入れたいと望む、
傾国の美姫なのだから。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ