捧げ物

□暖光の想い
1ページ/1ページ


☆由貴姫さまからのリクエストで「姫が幸村を看病」です。
看病…看病だと言い張ります!(読まれる前に謝っときます/汗)




  ********

バサバサッ、と羽音が聞こえた。
月明かりだけが頼りの、小さな山小屋の中で姫がビクッと体を震わせる。
遠くに山犬の遠吠えらしきもの。
近づいて来るとは思えないが、今の姫には怖がっている余裕もなかった。
「…幸村…。」
一段高くなった床に、有り合わせの布を掛けられた幸村が横たわっている。
「幸村…しっかりして…。」
おぼろげに裸の肩が見えて、布を掛けなおそうと触れる。
「冷たい…!」
ぐったりと動かない幸村の体はすっかり冷えていた。
「ど…どうしたら…。」
姫はおろおろと周りを見回したが、濡れて脱がした幸村の着物は壁に掛けたまままだ乾いていないし
他に着せるものもなければ、すでに消えてしまった火をもう一度起こせそうなものもない。
暗い小屋を一巡りした姫の視線は、幸村に戻って止まった。
(何とかして、暖めなければ…!)
姫は手が震えるのを必死でこらえた。

  ********

高い山々に囲まれた甲斐の国は、そこから流れ来る激しい水流の氾濫でしばしば甚大な被害を被ってきた。
治水こそが領民を守ると考えて、河川堤を築いているのですよ…と説明するのは幸村である。
木漏れ日が差す山道のすぐ下は確かに水音が聞こえるが、穏やかなその流れが氾濫を招くとは考えにくい。
「ここのところ雨が降らないので流れは緩やかですが、大雨の後下流で他と合流すると大変なのです。」
「そうなのですか…。」
「あまり端を歩かれませんように。このあたりは良く崩落しますので。」

河川堤の視察がてら、気晴らしにと躑躅ヶ崎館から連れて来られた姫は、まつりごとのひとつに
真剣な幸村を頼もしく思っていたが、今はそこを離れて散歩の途中だ。

「なー、もうそろそろ戻った方がいいんじゃねーか?随分登って来たぜ。オレ腹減ったし。」
後ろからのんびりついて来ていた五右衛門が訴える。
「勝手について来た癖に文句を言わないでいただきたい。戻るならお一人でどうぞ。」
まったく、邪魔な…とそこは言わずに、しかし幸村が振り向きもせずに言う。
「オレは姫の護衛なんだから、どこにでも行くぜ!お前こそさっさと仕事に戻れよ!」
「護衛などいらぬ!俺が居れば十分だ!」
「なんだとー?」

「ち、ちょっと…二人とも…。」

いつものように、言い争いが始まろうとした時、姫は身体に違和感を感じた。
いや、身体ではない。
足元の地面が、おかしいのだ。
先ほど幸村が崩落すると注意した、そこが。

「姫!」
二人が同時に叫んだ。

それほど端に居たつもりもないのに、崩れて行く地面が近づいてくる。
慌てて走り出そうとした姫の足元が、ぐらりと頼りなく揺れた。

と、幸村が姫へと向かって飛んだ。
その瞬間、強い力で腕を掴まれぐいと引っぱられた姫はそのままの体制で
一歩遅れて走り寄る五右衛門へと投げつけるような勢いで託された。

その反動で幸村の身体は地面のない場所へと放り出され宙を舞う。

「幸村!」
五右衛門がしっかりと姫を抱きしめながら叫ぶ中、幸村の姿はゆっくりと見えなくなった。

「ここを動くな!」
躊躇などする暇もなく、五右衛門は姫を山肌に近い所に導くと言葉を待つ事もせずに
幸村の落ちた後を追った。


  *********

微かな衣擦れの音をたてて、帯を解く。

あれからの事は現実ではない気がするが、現にこうして幸村は傷つき横たわっている。

姫は焦ってなかなか解けない紐を震える指で引きながら思い出していた。


五右衛門が、ずぶ濡れの幸村を背負って戻って来た時の事を。
「水の中だったから怪我はなさそうだ。」
地面に座り込み、おろおろと焦るだけの姫に五右衛門が安心させようとして言う。
けれど、意識もなく土気色の顔を見れば事態は深刻なのが良く分かる。
そして、後を追って飛び込んだ五右衛門自身も足を引きずっている。
「いいか、良く聞けよ。」
近くにあった、崩れ掛けの猟師小屋に幸村を寝かせて五右衛門が姫の肩を掴んだ。
「これから助けを呼んで来る。お前を残して行くのは辛いが、それが幸村を助けるのに
一番早い方法だ。いいな?待てるな?」
傷ついた足では、幸村を背負って山を下りる事も姫を連れて戻る事も時間がかかると判断したのだろう。
常に傍に控えて守る従者としては苦渋の選択だが、今はそれしかない。
「うん、分かった…。五右衛門も気をつけて。」
気丈に姫が頷くと、五右衛門も小さく頷いて立ち上がった。
「幸村…待ってろよ。」
そして焚き火の火で照らされた幸村を振り返り、痛む足を押さえながら走り出した。


「…五右衛門…。」
姫が呟いた。
もう、ふもとの村に着いただろうか。
村にはこの工事のために多くの家臣や人夫たち、そして医者も居る。
彼らが来てくれれば、幸村はきっと助かる。

けれど、今は。

姫は最後の紐を解いた。
そしてふわり、と自由になった着物から垣間見える白い肢体を幸村の隣へと滑り込ませた。

ひんやりと冷たい肌を、そっと、抱きしめるように包む。
触れた事もない、鍛えた裸の胸に頬を寄せ、
あらわになった白い足を絡める。
それはまるで自分の熱を分け与えるかのように。

それが今の姫に出来る全てだった。


   ********

己が今、横になっているのかそれとも立っているのか。
それすらも分からない奇妙な浮遊感の中に居た。
目を開ける事も叶わず、ただ暗い深遠の底に漂う身を感じる。
(…これは…?)
けれどただの暗闇ではなく、いつの間にか暖かく柔らかなものが近くにある。
それはゆっくりと幸村を包み込み、絶望的に冷えた心身を溶かすように広がっていく。
(…良い、香りがする…)
鼻の感覚が戻って来たのか。
けれどまだ身体は動かず、開こうにも唇すらかじかんでいたが、心の中は熱いもので満たされていた。


  ********

五右衛門が医者を連れて戻って来た時、姫はきちんと身なりを整えて待っていた。
やがて回復した幸村は、二人きりの時に何があったか知る由もなく。
ただそれからしばらく、姫が恥ずかしげに目を逸らすのを不思議に思うばかりだった。




'11'28

何があったのか知ったら…いや自主規制(笑)
看病…してますか、ねえ?(視線を逸らしつつ)
人肌が書けて楽しかったです!リクエストありがとうございましたv
…う、受け取って下さい。(平伏)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ