赤い妄想綴り(弐) 

□三つの贈り物
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「…とは言うものの。」
信玄の部屋を出て、鍛練場に向かいながら幸村はひとりごちた。
「お召し物は先日用意したばかりだし、櫛は以前差し上げた…。女子の喜ぶ物とはなんであろうな?
姫様はご自分から何が欲しいとおっしゃらないし…。何か美味なるものを食べにお連れしようか、それとも…。」

「全部聞こえてるんですが、幸村様。」
行き先が同じであればその後ろを歩きながら佐助が言ったが、幸村は全く気にかけてないようで、先を進んでいく。
「そんなに真剣に考える事ないでしょう、どうせ何を贈っても喜ぶでしょう、姫は何も持ってないんだし。」

何の気なしに発した佐助の言葉は、幸村の足を止めた。

「…何も。」

そうだ、姫様は文字通り身ひとつで、その命だけを大事に甲斐へと来たのだ。
一国の姫が、慣れ親しんだ故郷を離れ、親しくしていた者どもとも別れて、従者ひとりのみで。
それはどんなに不安で悲しい事だっただろう。

幸村は少し目線を上げて、青く澄みわたる空を見上げた。
…何もお持ちでないからこそ、何も求められないのか…。
なんとなく分かったような、漠然とした気持ちを抱えて。


    ********

<信玄の場合>


「…と言うわけでな、それぞれが姫に贈り物をする事になったのだ。
遠慮は無用。気遣いも無用。そなたを巡る戦いの一つと考えて、正直に一番嬉しいものを選ぶが良い。」

言いながら信玄が奥の間に続く襖を開けると、そこには今まで見た事もない光景が広がっていた。

「これは…。」
姫が後の言葉を続けられないのも無理は無い。

普段から信玄の寝所として使われているその間に敷かれていたのは、真新しい夜具だった。
しかも、その掛け布団ときたら金糸・銀糸を織り込んだ唐織りで、なんとも贅沢で豪華だ。

「そなたのために特別に作らせたのだが、どうかな?甲斐の冬は寒いからのう。
少々重いが、なぁに気にせずとも良い。」

いつの間にか信玄は姫の手を取り、ごくごく自然に立たせると、その贈り物の方へと導いた。

「この夜具には、もれなく我もついておる。寒くて眠れぬ時は、遠慮なく入るが良いぞ。」
何なら、今試してみるか?と掛け布団をめくろうとする信玄に姫が慌てた。

「い、いえそんな…。今は寒くはございませんから…。」
「ふふ、まあ無理にとは言わぬが、良い夢が見られると思うぞ。」

「私などのためにわざわざこのような豪華な夜具を…。ありがとうございます。」
姫はそれ以上の誘いを何とか断ろうと、丁寧にお辞儀した。すると
「ふむ、気に入ったか?」
信玄がにこりと笑う。
「はい。申し訳ないくらいです。」
「では、今宵待っておるぞ。」
「…。」
笑顔のまま、それには答えずに姫がもう一度お辞儀した。
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