新婚さん

□新婚旅行に行こう!E
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幸村の警戒心は、あまり自分には向いていない。

それは歓迎して良いものかどうなのか考える所だが、争い事を好まぬ点では喜んでいいのだろう、と小十郎は思っている。

もっとも、あまりに大きく警戒心を向ける相手の存在があっての事なのだが。


「執務を放り出して、こんなところに居たのか小十郎。」

その存在が、ゆっくりと歩いて来た。
独眼で睨みつけたまま向かってくるが、そんな事に頓着する右目ではない。

「後は政宗様の決裁を待つのみ、と言うところまで詰めてお渡ししておりますが。もうご覧になったのでございますか?」
「ふん、山のように仕事を積まれた俺の気分も考えてみろ。」
「それをお溜めになったのはご自身でございます故。」
「俺を仕事漬けにして、姫に近づけぬ算段だな?」
「いかにも。」

きっぱりした肯定に一瞬言葉に詰まった政宗だが、小十郎越しに部屋の中を覗き見て、表情の変わった幸村と目が合うと不機嫌そうに眉をしかめた。

「ふん…鍛練をしておったと思ったらもう戻ったのか。いっそどこぞの山にでも篭って修行すれば良いものを。奥州ならばどこに篭っても良いぞ、許す。」

「有り難いお言葉ですが、拙者には妻の傍を離れるわけには行かぬ訳がございますから。」

政宗の言葉に反応して幸村が敵意を込めて言い返すと

「幸村よ、そう噛み付くな。仮にもこちらは一国の主だ。我に対するように敬うが良い。」

幸村の警戒する、もうひとつの存在が現れた。

「…。」

小十郎は頭痛を感じてその場を離れたくなったが、暴走気味の主たちを幸村一人に任せるわけにも行かず

「信玄公のおっしゃる事もごもっとも。されど此度は如何様に責められてもしかたのない我が殿です故に…。」
と取りあえず従者繋がりで幸村を援護する。

当然政宗がそれに対して抗議しようと口を開くのは分かっているのでそれを遮るように立ち上がり、

「さあそれでは執務に戻りましょう、政宗様。ご希望でしたらずっとお傍に控えております。それこそ一瞬も目を離さぬように。」
「ずっと傍におるなら姫の方が良いに決まってるだろう!そんな辛気臭い顔で控えられたら堪らん。」
「辛気臭い?」

小十郎の表情が、傍目には分からなくても政宗にははっきりと変わるのが見えた。
しまった、と思ったがもう遅い。

「…いったい誰のおかげで辛気臭い顔になっているとお思いなのですか政宗様。この冬を迎える大事な時期に執務も放り出し
備蓄すべきものの手配も滞り気味ですのに賓客とは言え大勢で来られて内情逼迫するかと思われるのはどこのどなたの所為なのですか。」

最後の部分はおそらく、ここで言うつもりはなかったのだろうが落ち着いた物言いながらも本人にしては相当我慢の限界と見えた。

確かにこの時期に信玄や十勇士たち、そして人一倍大食漢の五右衛門もやって来てると言えば、台所事情もあると言うものだ。

「それは心配するでないぞ、小十郎。」

その台詞にいち早く答えたのは信玄で、今にも姫に近づいて手でも握ろうとしていたのをやめて言った。

「越後の白蛇がな、米を送ってくれると言うのでこちらへと頼んでおいた。何やら佐渡で幸村たちに迷惑をかけたお詫びに、と。」

「それはまた手回しの良い事だな、親父。」

政宗がにやりと笑って小十郎を見たが、勿論彼はそんな事を言いたかったわけではないので額の青筋を増やして黙った。

黙って、嫌な予感がした。

ちらりと見た幸村も、姫を横にと促しながらこちらを見ている。

共に、心にひっかかるものがある。だがそれには確信が持てない。
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