新婚さん
□新婚旅行に行こう! F
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茶屋の裏手は鬱蒼と茂る森になっていて、姫はそこの大きな木の陰に無理やり引っ張られていた。
容赦ない力で腕を掴んでいるのは、表情を布で隠した忍びだ。
「…見事な変化だが…本物はどうした。俺の主は本物の姫を迎えるべく準備しているのだぞ。」
「…服部半蔵…!」
騒ぎを起こさぬよう大人しくしながら、姫が絞るような声で言うと、ようやく腕が解放された。
「…たくもー、少しは加減して下さいよ。」
「本物ならば相応の扱いはする。だが忍び相手には加減などするものか。」
その台詞にはあ、とため息をついた姫は
「勿論、あんたの主まで騙す気はないよ。三河に着くまでにはちゃんと本物の姫様と交代する…へえ、三河では歓迎準備してるんだ。」
と少しおどけてみせた。
「尊敬する信玄公から書簡がくれば、我が主が精一杯の歓迎をするのは当たり前だろう…しかしあのような面々で来るとは思わなかったが。」
半蔵は、布の隙間からのぞく鋭い瞳を細めて街道の方を見る。
「滅びたが、織田の残党は皆無ではない。新婚旅行とか言う二人だけの旅ならばともかく、あのように目立つ一行では
狙ってくれと言わんばかりだ。」
「うんうん、まったくその通りなのですよ…信玄様も、もう少し慎重になって下さるといいのですが…。」
姫が静かな口調で言うと、半蔵が顔をしかめたがそれは姫には見えなかった。
「とにかく、俺は殿の命により、物見と護衛に就く。よほどの事が無い限り姿を見せる気はないが、な。」
「あら、それはご苦労様…。」
姫がねぎらいの言葉を言いかけた時、半蔵の姿は煙のように消えていた。
その瞬間に、幸村が潅木をかき分けながらやって来て
「勝手に動くな!信玄たちがうるさ…」
と叫びかけたがすぐに
「…いですよ、姫様。俺のそばから離れないで下さい。」
と言いなおした。
(ああ、こりゃもうバレるの時間の問題だな)
姫が半笑いでごめんなさい、と告げた。