新婚さん

□新婚さんいらっしゃい 6
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自分が幸村の役に立つ事が出来る。
そう思った姫の教授は凄まじかった。
幸村は帰宅するなり昨日覚えた和歌を暗唱させられ、更にまた追加で覚えなければならなかった。
そうやって成り立ちを感覚として捉えられると今度は自分で詠わされる。
それは食事の時も、入浴の際も、果ては寝所に入っても続いた。

あんなに帰宅するのが楽しくて、終業時間になったら脱兎の勢いで帰路に着いていたのに
段々と気が重くなって行くのを、幸村は禁じえなかった。

けれど姫は自分のためにやってくれている。
初めての事ゆえ、少々過重になっていても有りがたく受けなければ。

幸村は自分にそう言い聞かせて、冷たくなった姫飯を口に運んだ。
「…連歌とは詠み継いで変化を楽しむもの。輪廻には気をつけねばなりません。」
共に座しての夕飯であるのに、まだ講義が続いている。
「調和にばかり目が行くよりは、発想を変えた方が…。」
「姫。」
幸村がカチャリと音をたてて茶碗を膳に置いた。
いつもはそんな乱暴はしない幸村の事、姫が言葉を止める。
「食事の時くらいは歌から離れてはいかがでしょう。」
とお願いしたつもりだが、姫は驚いた顔のまま動かなくなった。

あ、まずい。
言い過ぎたか?

と思ったが、もう遅かった。

「…ごめんなさい。私ったらすっかり舞い上がってしまって…。いつもいつも助けて貰うばかりで
何の役にも立てないから、せめてこれくらいは、と…。」
見る間に萎れて行く姫に、今度は幸村が慌てる。
「役に立てないなど!何をおっしゃるのです!」

もう食事どころではない。

膳をずらすと下を向いてしまった姫ににじり寄り、肩を掴んだ。
「本当にそんな事思ってらっしゃるのですか?姫は俺の気持ちをわかってないのですか?」
「…だって私は何も出来ないし…毎日幸村の帰りを待ってるだけで、何も…。」
涙ぐんでさえいる様子に、とうとう幸村はガバッと抱きしめてしまった。
「姫が待っている、それだけで良いのです。あなたが居るから毎日頑張ろう、と思うのです。
あなたほど俺の力になっている方は居ないのです。」
「幸村…。」
嬉しい、と続く言葉は飲み込んで、姫は幸村を抱き返した。

膳を下げようとして廊下で待つ使用人たちには気づきもせずに。


   ********

まもなく新しい年を迎える空は、吉兆のように晴れ渡っている。
「今年も終わりですね…。」
縁廊下に座って、白湯を勧めながら姫が言うと
「色々ありましたが、俺にとって良い年でありました。」
と幸村が答えた。
「私も同じ…。こうして二人で年の瀬を過ごせるなんて幸せです。」
そしてにっこり笑う姫を目の前にして、自分こそ幸せだと感じる。
こうして二人、互いに感じるものをずっとずっと育んで行けたら。
幸村は満足そうに頷くと、ゆっくり立ち上がった。
「では、年忘れに行って参ります。」



その夜遅くに帰宅した幸村は大層機嫌よく、事が上手く行ったのだと確信させたが
どんな句を詠んだのかは決して言わなかった。


「いやあ見事。姫の歌教授は大したものよ。あの幸村がりっぱに挙げ句を詠みおったわ。」
信玄を訪ねると、彼もまた上機嫌だった。
「挙げ句…歌の締めくくりの大事な句を幸村が…。」
姫が自分を褒められたよりも数倍嬉しそうに頬を染めた。
「その句、聞きたいか?」
にやりと笑う信玄に、姫が是非にと顔を上げる。が
「ふふ、言わぬ。いや言えぬわ。恥ずかしゅうてな。」
ははは、と高らかな笑いが返って来た。

その後幸村は、どんなに請われても二度と連歌には参加しなかった。
そしてどんなに聞かれても、詠んだ句を教えはしなかった。
『自分の気持ちを正直に詠んだだけです』とだけ言って。



'12'14


戦国時代の忘年会は"連歌会"だったと聞いて幸村を行かせてみました。
どんな句だったのかは…ご想像におまかせv
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