新婚さん
□新婚旅行に行こう!D
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「いかがなさるおつもりです。」
今にも雪が舞い降りそうな空の如く、冷たくどんよりとした空気が部屋中に満ちていた。
無表情だけにその胸中が恐ろしい小十郎だが、その目は届くべき相手にではなく
部屋の中央に寝かされた姫にあった。
「せっかく旅行中と言うから、奥州で南蛮料理でも食べさせてやろうと思っただけだ。」
その姫を挟んだ正面に座し、悪びれた風もなく腕組みしている政宗だが、表情は先ほどよりは少々暗い。
と言うのも、姫を見れば一目瞭然。
医者の見立てではただの風邪らしいが、発熱して赤い顔とコンコン、と苦しげな咳をするのが心配なのだ。
「その旅行とは新婚旅行と聞いております。新婚の女子だけを連れて来るなど、とても正気の沙汰とは思えません。
元の場所に戻してらっしゃいと言いたい所ですが、この有様ですし…。」
「犬猫を拾って来たような言い草だな。そのうち幸村も追って来るだろう。」
その台詞には小十郎も絶句した。
では、では連れ去ったのが誰だかばれてると言うのか。
いやそもそも隠れて連れ去るような方でもないし、堂々とやったに違いない…。
「…ご迷惑をかけて申し訳ありません…。」
小十郎が首を振って頭を抱えると、姫が布団の中から小さな声を出した。
風邪の為に少しかすれた声ではあるが、優しい鈴の音のような声で、熱で潤んだ瞳と赤らんだ頬とで見上げられると
流石の小十郎の胸もドキリと鳴った。
「謝るのはこちらです。このどうしようもない主がとんでもない事を。おまけにお風邪をひかせてしまうとは、政宗様が土下座しても足りませぬ。」
「おい、どうしようもないとか土下座とか言いたい放題だな、小十郎。」
「これでも控えめに申しております。この始末、どうおつけになるおつもりか知りませんが非は明らかにこちらにございます。
武田と争いにならねば良いのですが。」
「ふん、そんな小さい器ではないわ、あの親父は。」
「政宗様!」
小十郎が声を荒げると、布団の中から姫がそっと色のない腕を伸ばして袖に触れた。
「…どうか、もう、それくらいに…。幸村が来たら会わせて下さい。私が止めますから…。」
言葉の終わりには咳き込みながら言う姫と政宗を見比べながら、小十郎が
「大きな声を出して申し訳ありません。少しお休み下さい。幸村殿を丁寧にお迎えするよう手配いたしましょう。」
覗き込むようにしながらそう言うと、姫に向けた表情とは正反対の厳しい顔を主に向けた。
「政宗様は姫様にお近づきになりませぬように。これ以上の狼藉は某とて見過ごせません。」
「狼藉ではない、もてなすつもりだと言っただろう。姫、待っていろ。俺がお前の見た事もないような南蛮料理を作ってやる。
それを食えば風邪などすぐに治ってしまうわ。」
小十郎の刺す様な視線を振り切るように立ち上がった政宗は、胸を張ってゆっくりと部屋を出た。