連載パロディ3

□十年の錆2
1ページ/1ページ


いつまでも大の男四人で通路を塞いでいるわけにもいかないから、とりあえずフードコートに移動した。家族連れ中心にカップルがわっさわっさいるここで、イマドキイケメンと普通のオレと、冗談みたいなジャージコンビがどう見えるかはあんまり考えたくない。

うちの若いのにも、ジャージ族はいるけども、それだってプーマとかアディダスとかスポーツブランドのか派手なヤツだ。何が楽しくて十年以上芋ジャージを着ているんだろう。この男は。
ポップにまとまったフードコートに、いきなり歩行者用信号が立っちゃったくらいに違和感がある。
そんな違和感もなんのそので、にっこにっこ笑いながらカレーを食べているオッサンには、何を言っても通用しそうにないけれど。ていうか、二時にカレーってなんだろう。
いちいちスプーンをピッカピカにしているあたり、今でもカレー三昧らしい。相変わらずだ。

「鬼男の運転手って閻魔だったのなーびっくりでおま。閻魔もびっくりしたろ、私が鬼男の担任で」

「いや、知ってました。知ってて知らないふりしました。知らないまま過ごせたらどんなに幸せかと思いながら、徹底的に知らないふりで通しました」

「またまたー恥ずかしがらなくていいぞ!」

いきなり先輩の隣にいる赤ジャージ君が、その聞こえてない耳をムギューっと引っ張った。
小野妹子という面白ネームのはじけた子。これはきっと名前からストーキングされて、『慣れれば面白いかもしれない』とかで深みにハマっちゃったんじゃなかろうか。だからお揃いのジャージまで…未来ある若者に、心の中で合掌。

「このバカ太子、とりあえず、こちらに飛びかかったことを詫びてください。躾のなってない動物を飼っていると思われた僕が恥ずかしいんで」

「おまっ公共の場でなんてことを…!」

「あんたの体臭こそ公共の場に相応しくないよ!謝れ!」

「おまえが謝れ!」

お互いの頭を仲良く抑えあう二人に、鬼男君と気づいた人たちが白い視線を浴びせている。オレとしてはあの先輩にここまで立ち向かえる人間がいることの方が驚きだ。

そういえば、このやたらと可愛い顔をした小野君は、例の子曰く年上相手に考える隙を与えてはいけない、の子ではなかったか。確か学校で丸ごとローション一本使われて事に及ばれたのは、教師ではなかったか。
つまり、

「痴話喧嘩ならよそでやってくださいよ」

一言で呆気なく撃沈。
二人ともが勢いよくテーブルに突っ伏した。カレーにダメージがないあたりが先輩らしすぎる。鬼男君が明後日の方向を向いている。どうにかしてくれ、この教師。
立ち直りが早かったのは、幸いなことに若い方で、色素の薄い目をきらきらさせながら、オレの顔を見上げてくる。こんな状況なのに。鋼の如き神経だ。
よく見れば、小柄なわりに体ができているらしい。飛びかかってきたのが先輩でなくこっちだったら、ちょっと苦戦しただろう。

「えーっと、ところで、六辻さんは太子とどういう関係なんですか?」

チラリと隣を窺うと、鬼男君はこくりと頷いた。下手に身バレするようなことは言わない、しないは何代か続くこの手の職業では必須なことで、小さい時から情報開示出来る相手とそうでない相手を見極めることが要求される。小野妹子君はオッケーらしい。いい友達がいてよかった。

「先輩と後輩だよ。って言っても、三年違うから、接点はそこのカレー野郎が何をとち狂ったのか教師になるーって教育実習に来ちゃったからなんだよね」

思い起こしても疲れがのしかかってくる。オレと幼なじみ三人が目立ちすぎるからとかで絡みに絡まれ、阿部君は胃を荒らすし、ゴメスは青筋立てたり、呆れたりで忙しかった。
正直、思い出したくない。一体何着のセーラー服がカレー臭にまみれただろうか。

「コレに絡まれたんじゃ、災難でしたね。僕からもお詫びします」

「くれぐれもリードは手放さないでね」

はい、と力強く頷く小野君。ここだけ切り取れば、大変爽やかな好青年なのに、向かいで笑いをかみ殺している鬼男君を見るだにそういうタイプではないらしい。

私ワンちゃんじゃないけど、ワンちゃん可愛いし、だけど、ワンちゃんじゃないし、はー犬飼いたいと勝手に自己完結する。

「だってさ、私が卒業したすぐ後に面白そうなヤツが入ってくるなんてけしからんだろ」

「やっぱり大王も変人だってバレてるんじゃないですか」

斜に構えたような、鼻にかかった言い方。やっぱりってなんだ。
鬼男君の合いの手に気をよくしたのか、先輩はにへらと笑う。

「そりゃーすごかったぞ、入学一ヶ月で荒れていた学校を制圧したとか、チョークで弾幕はったとか、椅子をホバリングさせたとか、卒業生の耳に入るくらいの大暴れだったみたいだ」

「へー」

僕に目立つなとしつこくしつこく言ってきたのは誰でしたか?と目が言っている。それはあれだよ、経験則というか、黒歴史の反省からの教訓だ。

「もっとも私が会った時は大人しかったな。終業のチャイムが鳴るとすぐ帰っちゃうから、捕まえるのに苦労した」

「アンタはストーカーか」

「違うぞ!純粋な好奇心だ」

小野君が心底呆れかえったように言う。
さっきと違う視線が向けられる。多分、わかってしまったんだろう。
先輩が教育実習に来たのはあの事件の後だ。だから、オレはさっさと帰ってた。七歳の子がおやつを待っていたわけだし。

「かわいこちゃんでもいるのかなーと思ったんだけど、毎回撒かれたしな。歯がボリボリするくらい悔しかった」

「ボリボリって…いや!だからそれはストーカーだろっ。」

アンタ何年も前からそうだったのか、と小野君は呆れ半分、溜め息混じりに言う。

「まあまあ、小野君、先輩はこういうヤツだって知り合ってすぐわかったし、それに、なんていうか台風みたいなもんだから仕方がないよ」

中学生かと思うような童顔に、アンバランスな苦い表情を浮かべているもんだから、ちょっと年齢不詳。この子、鬼男君とは違う意味でモテそうだ。阿部君と同じ。男子校の宿命、アーメン。
もっとも、この隠れマッチョと先輩を押し倒す悪食さからいけば、どんな男も返り討ちだろうけれど。

けたけた笑っていた先輩は急に静かになって、妙に真っ直ぐこっちを見つめてきた。昔から、この人の目は苦手だ。びっくりするくらい真っ黒なのに、澄み切って見える、綺麗すぎる目をしている。学生服を脱いだのはもう十年近くも前なのに、鬼男君とそう変わらない年に戻ったような錯覚すら起こる。だから、苦手だ。
油断したら、取り込まれそうで。後一年早く会っていたら、あの事件の直後だったら、きっとオレはこの先輩に洗いざらい吐き出して、一人だけ楽になろうとしただろう。

頼りたくなるっていうのは美徳で仁徳なのかもしれないけど、ここまでいったら魔的だ。何もしないでスポイルされて、この人なしじゃいられなくなってしまうような、麻薬と大差ない。実際、短い期間だったのに、この男に心酔した生徒は結構多かったと思う。
そんなヤツがふにゃっと笑うもんだから、思わず力が入った。

「なんか、閻魔丸くなったな」

にこやかに言われた言葉に若者二人、オレの声が混ざって返答。は、え、はい?

「いやいや、昔はさーなんていうか、オレに近寄んないで!こっちくんな!って手負いのにゃんこみたいだったもんな」

「にゃんことか言わないでくださいよ…オレ、もう三十間近ですよ」

「私は三十になったから言ってもいいんだ」

ふふん、と薄っぺらな胸を張る。
会った時からこの人は妙に自信満々だ。羨ましいくらいに。
普通に見てれば痛々しいだけなのに、何故だかいつのまにか説得力が生まれてしまう。なんかの詐欺みたいだ。

「さっき見た時さ、思わず二度見したんだよな。よく似た別人かと思ったくらいだ。鬼男といる時、閻魔、顔つき違うんだよ。ほら、今も」

自信満々で言い切る声は、昔と変わらず高らかで。
指さされても、鏡なんかないのに、とりあえず顔が赤くなるのだけはわかった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ