連載パロディ3

□片思い論
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今日も今日とでオレはたゆたう。
水の中は外と別世界で、今はそれに少しだけ安心している。
展開されたモニターに浮かぶ場面から、犯罪と思われるものを抽出して、係りの人にあげて、いくつもいくつも。緊急の場合は警察の方にも通報。その繰り返しがオレのお仕事だから。

H(M)-E型06(特)、固有名『閻魔大王』、それがオレの正式名称。
固有名をつけてくれたのは、チーム天国の実質的なリーダーをしている鬼男君ってことになるらしい。どんなセンスなのかはよくわからない。
閻魔大王というのは、昔からある神様だか仏様の名前で、死後人の人生を吟味して天国と地獄に分けるらしい。起こった犯罪を記録、早期解決を目指すっていうオレのコンセプトとは随分違う気がするけれど、この閻魔大王が持っているなんでもお見通しな浄玻璃の鏡、そっちからのイメージなのかもしれない。
自分でつけたくせに、鬼男君は『閻魔大王』なんて呼び方をしなくて、いつも決まって『だいおう』と呼ぶ。ゴメス君が『えんまさん』でゴメスさんは『えんま』だからきっと閻魔が名前なんだろうけど、彼だけは『だいおう』って呼ぶ。
そういうふうに呼ばれるのは、嫌じゃない。寧ろ、多分きっと好き、なんだと思う。

水槽の外にいる鬼男君を見る。昨日のことのせいか、心拍数がぐんぐん上がっていって電気信号が擬似的に生み出してるに過ぎないオレの思考回路が、パキューンズキューンとショート寸前。
さっきなんか昨日のことが思い出されちゃってフリーズまでしちゃって、ゴメス君に心配かけちゃったくらいだ。なんでこうも自分の体が制御できなくなっちゃうんだろう。不可解すぎる。謎すぎる。

大体、昨日のはなんだったんだろう。
元々オレの体は人間に瓜二つに作ってある。なんでも、ボディは別の研究所が義手義足や擬似神経といったもので培った技術の集大成らしいから。なら、あれはきっと「生理現象」って言われているものなんだろう。だから、モニタで見ていたかもしれない三人もつっこんでこない。

人間の発情現象について、理論だけは基礎知識がある。結局広義的には、愛し合う二人が赤ちゃんをもうけて繁殖する為なんだろ?
人間にとって、生存に不可欠なことには快感が伴う。
でもオレは人工知能だし、この体はアンドロイドと同じく機械で出来ている。赤ちゃんは作れない。だったら、あんなことをしなくてもいいはずだし、まずしようと思わなくていいはずだ。
だのに、そんなオレでも抗えないあれは…相手の了承を得ないで無理矢理相手に行為を強いる『暴行容疑』の人は人類の歴史が始まった時から存在する、その理由がちょっぴりわかった気がしないでもない。
それについて考えるだけで、顔が熱くなっちゃう。そんな状況で監視がうまく行くはずもない。

水槽の向こう側で仁王立ちする白衣の鬼がいる。金棒じゃなくて、バインダーを持った鬼がいる。
苛立ちの脈拍と心拍数が視認できそうなくらいだ。鬼男君がバクバクいってる。それに合わせてオレの循環器官もぐるぐる巡る。身体が熱い。冷却ファン機能してるのかな。

ふ、と見慣れないものに気がついた。茶色の頭が鬼男君の肩ぐらいの高さにある。色の白い、可愛い顔を困ったふうに歪めて、その人はこっちと鬼とを見比べて、曖昧な笑みを浮かべた。何か、その口が言うと鬼男君が笑ってそれに応じる。

ふつん、何かが落ちる音。
身体が急に重たくなった。
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