連載パロディ4

□夢見る時間12
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小さい時からお天気には自信があった。
テレビのお姉さんが、前日どんなに雨ですよと言っても、出かける前にはピッカーンって晴れる。
家族旅行に幼稚園の遠足、小学校に上がっても、百発百中。
晴れ男って言葉じゃ足りないねって言ってくれたのは松尾さん。そんなものに因果関係なんてない、曽良にいはクールに否定しているけど、荷物を詰めているオレを見て、これからコンサートで預かられる時は毎回でかければいいなんて言っていた。
それに、何年か前からオレが出かける日に合わせて、松尾さんとの予定を立てているのを知っている。それは言わないのがお約束なんだ。

今日もやっぱりピッカーン。色紙の水色をどこまでも広げたような空に、綿あめをちぎったような白い雲がぷわぷわ浮いていた。

「予報、雨だったんですけどね。降水確率六十パーセント。」

まさか晴れるとは。鬼男君が空を見上げて、眩しそうに目を細めた。

「だから言ったでしょ。オレがお出かけすると晴れるんだよ」

「へー実は照る照る坊主なんですか」

「逆立ちしてほしい?」

「それは止めてください」

大げさに拝むようにしてみせるから、許してあげることにした。
そもそも、今日のお出かけは鬼男君からすれば、完全にお守りだ。せっかくのお休みなのに、こんなところに付き合わせていいのかな。
隣を見上げても、日焼けした横顔からは疲れとかそういうのは見えないけど、大人の休日はのんびりしたいものらしい。ゴメスさんたちが言ってた。松尾さんだって、ランニングの後は結構ぐったりしている。
鬼男君も朝走ったりして疲れている筈なのに、やっぱりそれ、持ちますよと手を出してくれる。曽良にいもそうだけど、かっこいい人ってどうしてこう普通の仕草までかっこいいんだろう。
ありがたく荷物を渡す。松尾さんお手製の二段重箱弁当はやっぱりちょっと重たかった。

こういう時、オレは本当に子供なんだなってちょっぴり悲しくなる。
これだって、今日はコンサートで少しでも寝てたいだろうに、『私はどっちにしろ四時に起きるし、余ったら朝ご飯に出来るから気にしなくていいんだよ。それに、お休みの日は混むからね』って松尾さんが作ってくれたもので。松尾さんたちにはあっちでお弁当が出るらしいから、完全に余計な手間なのに。
ひいおばあちゃんとお友達だった、それだけなのにいっぱいいっぱいよくしてくれる松尾さんに、一体どうしたらいいんだろうってたまに考える。曽良にいは、『あの人はそういうふうに考えられるのを嫌がりますから、適当に使っておけばいいんです。嫌がらせておくのもいいですけど』なんて言う。そんなふうでも、たまに松尾さんの好きなお菓子を買ってきたり、好みの本を取り寄せたりしているのを知っている。そのまま渡すわけじゃなくて、天の邪鬼も白旗を揚げてしまうほどのことをするけれど。
曽良にいにとって、松尾さんは家族なんだろう。又従兄弟でちょっぴり血が繋がっている程度のオレよりずっと。
だから、あのお家はぬくぬくして居心地がいいけれど、こうして離れられるとほんの少しホッとしてしまう。贅沢だなって、それをするのにもこうやって別の人から時間をもらわなきゃいけないから、二重に贅沢だ。

その名前とは違う駅で降りて、何組かの親子連れと一緒にちょっと歩くと、その入口が見えてくる。
なんていうか、思ったより地味だった。

「康康って社会科の教科書に載るくらいのアイドルだったのに、意外と地味なところにいたんだね」

「…まあ、現代っ子からすれば地味なんでしょうけど、動物園なんてどこもこんなんですよ」

「そうなんだ」

お母さんが臭いがダメだって言うから、実は来たことがなかった。水族館も生臭いからアウト。海も同じ。だから、パンダは着ぐるみが初めてだったりした。
お仕事でいつも会っているんだから、この際本物に会ってみたい。僕も挨拶した方がいいですね、なんて言ってくれたけど、本当のところはどうなんだろう。
チケットの自販機をぽんっと押して、係員のオジサンに切ってもらう。
そうして門をくぐると、なんだかみっしり子供と大人がいた。

「……まるで人間園だね」

「あー猿山と似てますね」

「オレ、そういう意味で言ったんじゃないんだけどな…」

そうですか、似てると思うんですけど、あんまり嘘っぽくもないのがちょっぴり怖い。オレなんかも、もしかしたら小猿か何かかと思われているかもしれない。小猿だから、何しても大目に見てくれるとか。
圧倒的に親子連れが多くて、ちょこっとだけ大人同士がいる。カップル、恋人、つまりはデートだ。行く先は一緒なのに、どうして大人の男女はデートで、親子はおでかけなんだろう。オレと鬼男君は、子供と大人だからきっとただのお出かけなんだ。

ポロシャツの端っこを捕まえて前に進むと、もわっとしたにおいが漂ってきた。
これがお母さんの言う、動物園のにおいか。小学校のウサギ小屋よりはにおうかもしれないけど、そう嫌な感じもしないな。
剥製みたいな灰色のペリカン、置物みたいなフラミンゴ、寝っ転がってダルそうなカンガルー、大中小わらわら人だかりになっている。隙間から覗いてみると、さらにちびっちゃい集団がやっぱりわらわらしていた。ちょっこちょっこ歩くちっちゃいタキシード軍団は、真っ黒い目でじいっとこっちを見ている。そのすぐ傍に、タキシードを忘れちゃっているのがちょこんと止まっていた。頭から羽の上までは黒いのに、明らかに体型が違って、よちよちとは歩けそうにない。それなのに、仲間外れにも気づかないみたいで、赤い目で同じようにこっちを見ていた。

「鬼男君、動物園に普通の鳥が侵入するのってありなの?」

「さあ……あんまりわからないですけど、野鳥にしてはでかいですね」

「え、飼ってるのが脱走したの?」

「それなら飼育員がとっ捕まえるでしょうが。ちょっと待ってください……あ、一緒に飼われてるみたいです。ゴイサギって書いてありますね」

「日本の鳥?」

「じゃないですか、サギですし」

「ペンギンと同居して大丈夫なのかな。だってペンギンって寒いところの鳥だよね」

「それなら真夏の炎天下に露天で放置されてるペンギンの心配をしろ。ていうか、ペンギンはみんな南極にいるわけじゃないですから」

「ペンギンって何種類もいるの?!これが大きくなったら王様になって、皇帝になるんじゃないの?」

「んなわけあるか!…ブリじゃないんだから。」

違うんですよと念を押される。む、実は物知りだったのか。

「みんな結構あったかいとこにいるんです。
そうじゃなきゃ、こいつら冷凍庫にでもしまっておかなくちゃいけないでしょうが」

「そういえばそうだね」

でも、やっぱり暑そうだ。タキシードに蝶ネクタイがなくてよかったかもしれない。立っているだけでじんわり汗が滲んでくる。鬼男君なんて、早くもポロシャツが張りついちゃっていた。

キョトンとした鳥たちのの前を通って、休日の松尾さんになっているカンガルーの脇を抜けて、ぐるっと回る。ちっちゃくて可愛いお猿さんやシマウマ、カバ、サイ、キリンなんかの所謂脇役さんが固まっていた。おっきなそれらは、こっちの方なんかお構いなし。白目のわからない真っ黒い目には人間なんて、全く眼中にない。思い思いの場所でこの暑さと戦っていた。
ガラスの向こう側にいるパンダなんか、まるで大御所の俳優さんみたいにどーんと構えて、お腹をぽんぽこ叩いてる。
もふもふ、着ぐるみと同じくらい柔らかそうな毛皮はどう見たって夏向きじゃない。もしかしなくても、このアイドルさんのお部屋には、冷房がかかっているんだろう。
まるでこっちが見られているみたいだ。

「すごいなあ」

「何が」

きらきら滲む汗をタオルハンカチで拭いながら言う。ちらっとパンダ柄が見えた。オレがこないだのお誕生日にあげたヤツ。

「こんなにいっぱい見られてるのに、全然気にしてないじゃん」

今頃、曽良にいなんかもっともっと大量の視線を受けて、ついでに真夏の太陽みたいなライトを三つ四つ受けているだろう。涼しい顔して「そらくん」を演じている、それと似てる。言ったら絶対怒られるだろうけど。

「閻魔は、」

思ったよりも近いところから、低い声が聞こえてきた。横を向こうとすると、肩に何かがぶつかった。

「ごめんちゃ」

舌足らずな声が言う。オレの胸の辺りくらいまでしかない女の子、親を追いかけているのか、それとも追いかけられているのか。転がるように駆けていく。
あ、鬼男君とオレの声が重なった。多分、他の人も。赤いピカピカした靴が、自分の足を蹴っ飛ばすようにして頭から転んだ。

サイレンみたいな声があたりに響く。後ろから女の人が走ってきて、その子をひっこぬくように抱き上げた。

「痛かったね、痛かったね。大丈夫だからね」

優しい声が半分上擦って言いながら、小さい頭を抱えるようにして、一生懸命撫でる。動物の鳴き声よりもよっぽっど大きな声が響いても、みんなチラッと見るだけでなーんだって顔をする。大丈夫、大丈夫、声が耳の奥に入り込むみたいに。
鬼男君、もう行こう。いつの間にか、その服の裾を引っ張っていた。


それからゾウとかライオンとか、ゴリラとかを見て、お弁当を食べてからもう一周。康康の後輩さんと有名なゾウの後輩さんたちにさよならをして、ロープウェーに乗ってお土産をいくつか買った。もう一回前を横切ることになった、ペンギンのちっちゃなプールのところには、やっぱりまだ仲間外れの鳥がいて、じーっとこっちを見ていた。網の外にいるのに、なんで飛んでいかないんだろうって言ったら、隣からペンギンと友達なんじゃないですかって返ってくる。

「そっか。もしかしたら、あの中に片思いの相手がいるのかもね」

「友達でいいじゃないですか」

「えー。友達ならあんまりベタベタすると嫌われちゃうよ」

「最近の子はクールですね。まあ、確かに言えてますけど」

空が赤くなる前に鬼男君の家に行った。
そこまでは覚えているんだけど、ふと目が覚めたらもう朝になっていて、鬼男君はジョギングに行ってしまったのか、もういなくて。あーあ、ってクッションを抱きかかえて顔を擦りつけてやった。オレがいない時に、もしかしたら鬼男君がこれにすりすりするかもしれない。間接すりすりだ。

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