連載パロディ4

□夢見る時間16
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拝啓 お母さん

特別な人を見つけなさい。お母さんはいつもそう言っていましたね。
お母さんにとって、それはお父さんで、お父さんにとって、それはお母さん。

だから、きっと自分が特別だと思ったら、相手にとっても特別になれるんだ、僕はそんなふうに思っていた気がします。

だけど、そんなことはないんですね。それはとってもとっても幸せなことなんだなと思います。
たとえ友達だよって言い合う間柄でも平気で悪口を言うことがある、それとは少し違うかもしれませんが、



手紙をグチャグチャにして放り投げた。考えても仕方がないことが頭の中をぐるぐる回って、パンパン弾ける。それを文字に落としても、考えていることとは、何かが違う。

特別な人、お母さんはそう言ったけれど、それはイコール好きな人、将来ずーっと一緒にいたい人って意味だったんだろう。忘れてたのか、気づかないふりをしていたのか。自分のことなのに、イマイチよくわからない。
つまりそれは結婚とかそういうことで、相手は女の子じゃなくちゃならない筈だ。

だけど、クラスで恋人とかカップルとかいっている子たちがしていることといえば、手を繋いだり、チューをしたりしたことになったりしてなかったり。チューってマシュマロらしいよ、いやいやハチミツレモンなんだよ、誰かがそんなことを言っていた。

それなら別に、男同士でも女同士でもいいじゃんと思う。
なのに、男同士、女同士は結婚できない。チューをするのも白目で見られそう。不公平だ。チュー…チューよりすごいことをしている気がするけれど、チューはやっぱり特別だ。

「コラ、散らかすな」

ゴミ箱に入り損なったそれをポイポイしながら鬼男君が言う。オレの気持ちが捨てられたみたいで、チクンチクンした。

「だって、上手く書けないんだもの」

その前に、こんな手紙を送りつけたらお母さんはぶっ倒れちゃうだろう。ふわふわ妖精さんみたいに生きてる人だから、ショックが大きすぎて寝込むかもしれない。

「親に宛てる手紙を上手に書く必要はないんじゃないですか?それとも閻魔のご両親は誤字脱字その他諸々を添削して赤入れて送り返してくるんですか」

「曽良にいじゃあるまいし」

「……確かにアイツならやりかねませんね」

ほら、鬼男君はいつも丁寧だ。たまに太子さんや妹子さんと話している時は口調が崩れる。鉄仮面にバリバリバリーンとヒビが入る。
だれど、オレと話してる時、その唇はいつも丁寧に言葉をのせる。顔を赤くして裸で抱き合う時も「大丈夫ですか?」って訊くんだ。それはけして厭じゃあないけれど、やっぱり特別とは程遠かった。妹子さんの特別は太子さんだから、そこは大丈夫だけども。

オレにとって、鬼男君が特別でも、鬼男君にとって、オレは特別じゃないかもしれない。曽良にいみたいな自信なんか、ない。なりたいなって思うだけで叶うのは、御伽噺とテレビの中だけだ。それだっていろいろ力技なのを、オレはちゃんと知っている。俳句ロボが空を飛ぶのはCGで、閻魔大王様の魔法も人力だ。
夢は見るだけならタダだけど、現実にするのは途方もなく大変だから、びっくりしているオレに誰かがそんな風に言って。隙間風に吹かれたような気持ちになった。
今のこれはそれを何倍にも濃縮還元したみたい。頭をかきむしって、この言葉とか全部ゴミ箱にぶちまけられたらいいのに。クシャクシャにした便せんが羨ましい。

「上手くいかないなら他のことをしてみるっていうのも手ですよ。そういうわけですから台本の読み合わせ、付き合ってください」

何にも知らない鬼男君は、ポンポンとソファーの隣を叩く。

「それ、鬼男君が付き合ってほしいだけじゃん。ていうか、まだ覚えられないの?」

「脳味噌その他諸々が若い閻魔に比べて、僕なんか老化の一途を辿るしかないんです台本がすんなり頭に入らなくても仕方がないんです」

三十をちょっと過ぎたばかりのくせに、オジサン臭いことを言う。そのたとえで言うならとっても老化しちゃっている松尾さんは週三本の台本を完璧に覚えているのに。鬼男君はカッコイイ顔を思い切りヒン曲げた。

「人にはそれぞれ適性があるんですよ」

「ふーん。じゃあお付き合いしてあげる」

ありがとうございますって金髪の頭を下げる。こういうとこ、いいな。子供だからって下げすぎたり上げすぎたりしてなくて。鬼男君は誰にでもこうだ。現場のお姉さんたちにもこんな感じだ。お父さんの言う平等は、本当はこういうのなのかもしれない。

頭の中でページを捲って、ポツポツと、大きくない声で台本を読み合わせる。来週から収録が始まる雨期シリーズはアジサイとか、傘の鬼が出てくる。いつも通り、えんちゃんはアジサイを折ってしまったり、傘で遊んだりして康康を困らせるわけだ。

「康康はさ、偉いよね。いっつもいっつもめげないんだもん」

「急にどうしたんですか」

康康から鬼男君に戻る。同じ声なのに全然違うから不思議。鬼男君はカッコイイけど、康康はちょっと生意気な感じがする。多分、見た目のせい。

気のいいパンダはアジサイに添え木したり、傘にバサバサされたりしながら、なんとか正しい方向にえんちゃんを戻す。健気って言うのよって香織ちゃんが言ってた。
オレなら、鬼男君に僕はもう知りませんよって言われて突き放されたら、傘を剣にして遊んだりしない。えんちゃんに限らず、子供番組のキャラクターってどうしてこうなんだろう。

なんとかそれを伝えると、鬼男君は暫く黙った。くるくる丸めた台本で左手をぽんぽん叩く。計ったみたいに同じタイミング、歌のレッスンで使うメトロノームみたい。

「それは、閻魔がいい子なのともうちっちゃいだけの子供じゃないからですよ」

「全然わかんない」

「僕なんか悪ガキでしたから、いくら親父に雷を落とされても六年生くらいまで木魚を連打したり、おりんを打ち鳴らしてみたりしましたし」

「…それは、ダメでしょ」

反省はしてますよ?と鬼男君はお澄ましで言う。オレが本物の閻魔大王じゃなくたってわかる嘘。

「ダメってわかってるのとやらないでいられるってのは別問題ですから。閻魔はいい子なんですよ。なんなら僕が保証してやります」

台本を膝に置くと、ぽんぽんオレの頭を撫でる。
大人はすぐ頭を撫でるけど、頭は大事なところだから、あんまり触られたくない。だけどこの手は好き。とっても好き。

「いい子じゃないよ、確かにもうちっちゃい子じゃないけど」

「子供には、ここまでやったらどうだろう、嫌われやしないか。それを手探りする期間があるんですよ」

手が触れる。ゆっくりゆっくり。
その言い方じゃ、まるで。

「オレは、違うの?」

「違わないんですか?あんたは、嫌われることに対して臆病すぎるんです。いい子すぎる」

それは、当たり前なんじゃないだろうか。誰かに嫌われる、それは絶対に怖いことだ。よくない、ことだ。だから、ここで勝手に、一方的にチューをするのも、よくないことだ。

「いい子じゃダメなの?」

「ダメじゃないですよ。いい子なのはいいことです」

頭を撫でる手は離れない。捕まえても、離れない。
グシャグシャに丸めた手紙が、曽良にいの声が頭の中をグルグル回る。同級生たちの声も混ざってグルグルする。
手を引っ張って、引き寄せる。おでこ同士がぶつかって、目の前がくらっとした。その間に掠めたそこは、マシュマロよりは固かった。

「ほら、いい子じゃないよ」

「…何考えてるんですか」

「鬼男君のこと」

溢れかえっちゃいそうなくらいに。今のオレは、金太郎飴みたいに切っても切っても鬼男君が出てくるに違いない。
オレに腕を掴まれたまま、彼は笑った、多分笑ったんだと思う。

「そんなことをする子は悪い大人に食べられてしまいますよ」

骨が軋む。もう一度、重なった唇はハチミツレモンというよりはちょっとしょっぱかった。

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