連載パロディ4

□夢見る時間23
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23

康康 これでおいらも地獄のお仕事が再開できるってものよ。(笹を銜えなおす)おいらはえんちゃんをお仕置きしたくないからな、いい子にしろよ。じゃあ、あばよ。(えんに背を向ける)


えん 康康ーありがとう!えんちゃん、絶対いい子にするよ(アドリブ可)


「お疲れ様でしたーっ」

あちこちから声が上がる。それは重なり合うようにして大きくなって、最後はこの前のコンサート会場みたいな拍手と歓声になった。

体からふっと力が抜ける。今まであったそれを追いかける代わりに、さっきまで遠ざかっていこうとしていた、白い大きな背中に飛びついた。でっかい頭をとるところだった康康ー鬼男君はなんとか踏みとどまりながら、危ないだろ!と叫んだ。

「だって、だって、終わっちゃったんだよっ」

鬼男君はもう康康にならないし、オレはもうえんちゃんじゃない。さっきのセリフの後味みたいなのがまだ口に残っているのに、おしまい。本当におしまい。

目頭が熱くなって、もふもふした背中を抱き締める。コアラかお前はと上から困ったような声が降ってきた。さっきまでちゃんと台詞が言えていたのに、どうしてだろう。えんちゃんじゃなくなったオレには言いたいことも言えない。

終わってしまうのは、一年前からわかっていたけれど、えんちゃんじゃない時間の方が多いオレには、やることが山積みになっていた。
勿論、この最終シリーズを撮り始めた時には、もうそれしか考えられなくなっていて、胸が締め上げられるような気がしたけれど、やっぱり実際にその時が来るのとは違う。
悲しいのか嬉しいのか寂しいのか、全部全部ごちゃ混ぜになって、自分から溢れ出しちゃいそう。鬼男君の、康康のままの手が帽子の上からポンポン頭を撫でた。

「ほら、そんなこと言ってる暇なんかないですよ。…凄いのが来てます。ていうか、どうなってんだこれ」

引きつった顔が示す方に振り返ると、背の高い集団がずらりーーんと並んでいた。どこかのコレクターさんの飾り棚から脱走してきたみたいな、今にもヒーローが現れて、バッタバッタとなぎ倒されてしまいそうな、それらには見覚えがあった。

「集められるだけ集めてみました!閻魔君、全部覚えてるかな?」

今年の春に出た桜餅鬼が、くぐもった声で言う。中身は、チーム鈴木の中でもしょっちゅう着ぐるみの中に入っていた坊主頭君だ。さっきまで小道具を持ってうろうろしていたのに、どんな早技なんだろう。
鬼男君の顔を見ても、男前が台無しのポカン具合だから、知らなかったんだろう。

勿論、全部覚えてる。
色とりどり、やたらにカラフルな百鬼夜行は、みんなみんな、かつてはえんちゃんの前に現れて、誘惑やら叱責やらを金棒よろしく振り上げていた面々だ。隅っこの方で、例によって和服姿が背を向けているのが見えて、思わず笑ってしまう。ファンシーで可愛いと思うんだけどな、赤鉛筆と青鉛筆なんて角すらないじゃないか。

「オレが何かしようって言ったら、みんな忙しいって言ったくせに…」

「そこは、子供が気を回すところじゃあない」

ヒゲをつねりながらニャンコさんが言う。ニャンパラリー。
十人以上並んだ間がひらけごま。松茸鬼と甲虫鬼が台車を押して進んでくる。甲虫が途中ですっころびかけながら、なんとか真ん中まで。
無愛想で、段ボールを満載にしているところしか見たことがなかったそこに、ちょっとでこぼこしているけど、可愛いパンダがお座りしていた。六本のろうそくに囲まれていて、これから鬼たちに火炙りされちゃいそう。
よくよく見るとぬいぐるみじゃない。でこぼこしているのは、一個一個絞った生クリームのとんがりだ。

「もしかして、これ、ケーキ?」

そうだよ!頑張って作りました!ていう声は、松茸鬼の方から聞こえてきた。
毎日聞いている声は、やっぱりベテランだから、くぐもっていても優しく耳に届く。

「松尾さん…お仕事じゃなかったっけ?」

「うん、お仕事だよー「てんごく/じごく」のお疲れさま会を盛り上げるお仕事!」

その場でタップダンスを踊ってみせるから、松茸の笠がぴょっこんぴょっこん揺れた。

昨日と今日、台所にいれてもらえなかったのは、これを作っていたからか…。合点がいけば嬉しくてぽわぽわするけれど、みんな嘘吐きだ。

舌を抜く筈の閻魔大王がコスチュームのまま、なんとなく居心地悪そうにしているのは、こういう雰囲気が苦手なだけだろうし。

「なんとなくパンダが傾いてるのは」

「あ、それ言わないで」

「そっちの甲虫がよろけてるのは」

「言っちゃダメ!曽良君が照れてるかならなんてそんな、グハッ」

「はーい、えんちゃん!蝋燭の火を吹き消してーっ」

「まだまだお菓子とかジュースとかいーっぱいありますからね」

崩れ落ちる松茸との間に割って入ってきたのはおにぎりと観音さまなゴメスさん。
よりによって女の子がこれかーなんて思うけれど、可愛い格好が苦手な香織ちゃんらしかった。
横にいるニャンコ鬼が誰なのかは、カメラを持っていなくても確定。三つ子の団子鬼の中にはチーム佐藤が入ってる。六年間は長い。こうしてよく見てみれば、頭を外さなくても誰が誰なのか、ちゃんとわかるから。

「だからさーわかっちゃうんだよね、鬼男君」

「僕もわかりました。だてに長いこと付き人やってなかったんで」

黒くふわふわした手が赤と青の鉛筆の頭を掴むと上に持ち上げた。あんたら暇なのかよと呆れたような声に、うたのお兄さんたちは苦笑いを浮かべてみせた。

「私たちも関係者だぞ!お祝いして何が悪いっ」

「一応、手出しはさせないから勘弁してくれよ」

自分こそ主役とばかりに胸を張る太子さんの手を、苦笑いの妹子さんが掴み上げる。犬につける首輪みたいだ。

「いいからとっとと進めろ!腹減った」

閻魔大王サマの怒号の元、蝋燭を吹き消して、お菓子や飲み物の入ったドサッとバスケットを置かれる。
殺風景でたまに殺気さえ立ち上るスタジオがお誕生日会のように華やいで、湿っぽさみたいなものはどこかにいってしまった。きっとなくなったんじゃなくて、隠れているだけなんだろう。

みんな中途半端に着ぐるみを脱いだものだから、百鬼夜行と人間がかけあわさったような、奇妙で不思議なパーティーになる。
流石に汗でベタベタするからと鬼男君がお着替えをする間に、松茸からただの棒になった松尾さんに近づいた。

「松尾さん、えんちゃんをお家に返してくれて、ありがとう」

囁く声に、その顔が緩む。言ってよかったなってそう思える笑顔。閻魔君も、最後の台詞、すっごくすっごくよかったよ。

「私が書けなかったこと伝わったみたいで」

「それができないから、芭蕉さんはダメ男なんです。雰囲気と役者の生理に任せるとか大物ぶりやがって」

甲虫からいち早く人間に戻った曽良にいがぴしゃんと言うけれど、松尾さんはションボリしなかった。
相変わらずのポーカーフェイス。最近また磨きがかかっているけれど、ピッカピカになったその裏側に、ほんのちょこっとだけ疵のような本音が見えるのをオレは知っていた。好きな人が誉められたら嬉しい、けど喜ばせるのは自分でありたい。そういうのがピクンと揺れた右目の端っこに出てる。

「でもまあ、言葉は陳腐でしたけど、悪くはなかったですよ」

それはきっと、この又従兄の最大の賛辞だ。

と、肩に腕がのっかった。青い棒みたいなそれの持ち主はにんまり笑う。テレビの中と同じ顔で。

「私にもお礼は?いい歌提供しただろう?」

おうちにかえろうと鮮やかに一節歌い上げる。
流石、最強のうたのおにいさん。思わずみんなが振り返っちゃう。歌だけ歌ってくれるなら、CDコンポの代わりに一家に一台聖徳太子。ただし十二歳以下使用厳禁でお願いします。
だけど、

「…蘇因高って妹子さんじゃなかったの?」

「妹子には一番に歌ってもらったけど、作ったのは私。愛しの恋人からとった芸名なんて、すてきだろ?」

妬ましいくらいに晴れやかな顔は、愛しの恋人に崩された。何も足を踏むことはないのに。
全体重をかけているだろう重たい攻撃も、この二人のものだからみんな笑っちゃうし、ほっぺたつねりあっても全部打ち合わせしたコントみたい。
曽良にいが、松尾さんのほっぺたについたクリームを指で拭ってその唇に押し込むのと同じ。

どれくらい長く一緒にいれば、こんなふうになれるのかな。きっと、人生の半分くらいじゃ足りないだろう。ポケットに忍ばせたメモをちょっと握った。



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