飛鳥学院 番外編

□保健室ごっこ
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まあ、それだけの話だ。


【保健室ごっこ】


眠っているところを見るのは初めてじゃない。
それにしたって、死んだように眠るというフレーズがあるが、まさしくそんな感じだ。
ピクリとも動きやしない。呼吸の音がしなくなれば、きっと美術館みたいに静かな空間だけがこの場を支配するんだろう。そんな馬鹿馬鹿しい妄想すら掻き立てるそんな静謐でおかしな雰囲気。

真紅の瞳が瞼で隠されて、長い睫が影を落としている。陶器製の作りものみたいな真っ白い肌をしてるから死体というよりも人形みたいだ。
場所は保健室。生徒が寝ていても、何ら不思議はない。

ないのだけども。

どうして抱き枕があるんだ、ペンギンの。
あの保健医のだっていうならそれはそれでひくし、この先輩の私物ならそれはそれでおかしいだろう。なんで学校にまで持ってくるんだ、とかね。それがないと眠れないとか、そんな繊細な神経をしているなんて言われたら、僕はこの人を窓から放り投げちゃうかもしれれない。
尤も、なんでもありを地でいくような人だから不思議はないかもしれないけども。
にしても、死んでんじゃないか、この人。

「大王?」
「ん…」

軽く呻いて目をこする。生きてはいる、うん、良かった生きてる。なんだか、無駄なため息が漏れる。二酸化炭素の増加に貢献。
早いとこ用事済ませて帰ろう。起きたらなんやかんやと煩いし。
寝かせておくに限る!寝た子は起こすな、昔からの教訓。
救急道具に振り向いた途端、ちりんと音がした。大王の耳についている小さな鈴の立てる音だ。

マズい、起こしたか。めんどくせぇな、と思うよりも早く、それは来る。

「スイマセン、おこし」

ビュンっと耳に何かが掠めた。
横を見ると足。ぴんと伸ばされた黒の細い脚。靴下は白のくるぶしソックス。
耳のすぐわきにあるの、足じゃんこれ!
蹴りじゃん今の!

「何すんですかっ!」

素早く振り返るとアホ先輩はバレリーナよろしく脚を上げている。
振り向きざまの二撃目は腕でガードすることに成功。
いつもより速い。つーか、いつも手抜きしてるくせに、この攻撃は本物だ。倒してやろうって気負いがないから、余計にたちが悪い。

「この大王イカっ!
 寝ぼけてんじゃねえよっ」

足を弾き飛ばす。
抑えつけに走れば、またちりんと鈴が大きな音を立てた。
それに誘われるように、虚ろに開いていた赤い目が、ピントをカチリと合わせるところを僕はしっかりと見届けた。

「…あっ、ごめんごめん、鬼男君だったんだ?」

「あんた、声かけてきた奴みんな確認もせずに蹴っ飛ばすんですかっ?!」

「否、ちょっとびっくりしてさ…」

吃驚したのはこっちである。寧ろ、なんでそっちが驚いているのかわからない。
ベッドの上に仁王立ちのまま、先輩は部屋を見回した。

「あれ?阿部君は?」

「あんなに背の高い人がいたら、その位置から見えないわけないでしょう」

「傍にいてって言ったのにぃ。授業かな?まー、いっか。
 やあっとすっきりした。で、なにどうしたの?怪我?」

んーっと伸びをしているさまは昼寝から起きた猫と類似してる。けれども、こっちをむこうとしない。
元不良で、今もウンザリするほど殴り合いの喧嘩もやっているくせに血が怖いのだこの男。

「ええ、しましたよ。
 見ない方がいいですよ。スライディングしちゃって結構グロテスクですから」

擦過傷は深くないが、見た目が派手だ。
脹ら脛の部分全域に血が滲んでいる。

「痛い?」

「そりゃまあ痛いですよ。
 だから消毒にきたんです」

消毒液どこだよ?
わかりづらいなこの保健室。
なんか意味不明なものがゴチャゴチャ入ってる、御札か?

「破傷風とか、怖いもん、ね?」

背にしたベッドの上から声。

「あんたのビビりようの方がよっぽど怖いですよ」

そこまで怖がらなくともいいんじゃないか?自分の目の血管透けて見えてるクセに。
漸く見つけた消毒液を背後からピョイッと、とられた。
腹が立つほど身軽な男である。ホントに中国雑技団か、あんたは。

「そこ座って」

指差したのは丸椅子。いつの間にか保健医の白衣まで着ている。

「はい?」

「消毒するから、座って」

白衣、あんまり似合わない。そりゃあそうか。あの保健医とは背丈が違う。
ぶっかぶかで、袖が隠れちゃってるくらいだ。

「自分でやりますよ、返しなさい」

「…返しなさいって、鬼男君。
 オレ、先輩よ?」

ムーっと頬を膨らませる。いちいち子供っぽい男。
大体、血が怖いんだから手当てもへったくれもないだろうが。

「いいから座ってよ。
 手当ては結構得意だよ、オレ」

「嘘ですね」

「……断定かよっ!
 嘘じゃないもん、太子とか豊日さんとか料理の手伝いする度に二人とも怪我しまくってさ」

「大泣きしながら手当てした、ってわけですか?」

「うん」

怖っ。どんな体験だよそれ。
それが血を克服出来なかった一因なんじゃないか?なんて突っ込む気も起きない。多分、大当たりだから。

「水洗いは済んでるよね?」

「はい。…あの、大王?」

「なに?」

ゴソゴソと脱脂綿やら、デカい絆創膏が出てくる。
一体どこから出てくんだろう?

「なんで、保健室に御札とか……なんだこれ?」

結構デカい金属の物体が出てきた。
握っているところから左右対称に、なんだかわからない突起物が生えている。

「それ、独鈷杵っていうんだよ」

「どっこいしょ?」

「わーお、お約束の聞き違い。かわいーねー。
 とっ・こ・しょ・う、仏具だよ。
 阿部君、怖がりさんだから」

「こんなんで祓えるんですか?」

どう見ても金メッキ。こう、昔流行った某飛蝗仮面とかレンジャーの武器みたいな感じだ。僕も結構持ってた。ぴかーんと光ったり音の出るアレ。なんであんなものがほしかったのか、今になってはよくわからない思い出の品だ。

「気休めでしょ、無いよりあった方がマシ。
 あの抱き枕みたいなもんだよ」

半泣きになりながらも手の方は安定して動いている。
脱脂綿で傷を消毒。
不器用なクセにピンセットが使えるのも、あの青ジャージのおかげなんだろうか。
流石に影響力が強いと見える。

「ないよりあった方がいい」

平均より若干高い声が言う。
冷たい指は傷に触れないように、グロテスクなそれを白で覆った。

「……抱き枕はなんの代用品ですか?」

視線をしっかり合わせて、赤い目は笑った。

「さーて、なんでしょう?
 まだ教えてあげません。
 はい、おしまい!」

「痛っ!
 叩くんじゃねえよこのアホんだらっ」

消毒液が染みてかなり痛いんだぞ、これ。

痛み分け、というか案外打たれ弱い先輩は言葉の暴力だわ、としなを作った。キモっと一蹴。

「君は段々オレの扱いが粗雑になるね……」

「あんただから遠慮は不要ですよ、遠慮してるとこっちがもちません」

「それどうゆー……あ、チャイムだ」

チャイムっていうかまんま鐘である。
除夜の鐘みたいなのがゴンゴン鳴る。
聞けば人力なのだそうだ。

「よっしゃあ!お昼だっ!」

今の今まで寝てたくせにこの反応とは嘆かわしいアホ男である。
くるりとその場で一回転。鈴がちりんと鳴った。

「ろくに食いもしないくせに…。
 今日はなんですか?」

「海老の竜田揚げがメインで、おにぎりで、出汁巻きで……あ!野菜もちゃんと食べようね鬼男君」

僕はあの青ジャージ男じゃないっての。好き嫌いはそんなにないし、この男と違って小食でもない。

「ここで食べちゃおうぜ、阿部君に見せびらかしてやる」

「…あんた、ホントいい性格してますよ」

「それに付き合う鬼男君は随分人間が出来ていらっしゃるようで」

まあ、この猫科人間に付き合ってやるのも悪くない、ただそれだけの話なのだけども。



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