飛鳥学院 番外編

□純白シーツ
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確かに本日、ピカーンと晴れ渡った空は、気合いを入れて磨いたように綺麗だ。
空は上下にスライドするみたいに高くなったり、狭くなったりするようで。気まぐれにその色を変える一大エンターテイメント。上を見上げてようやく気付くもの。
気付かないのならそれでおしまい。
その中でも雲一つない、といえるような高い高いお空は、私の好きな色。
溶けていきそうなそんな色。

その色を背景に背負って、お洗濯日和だよ!と高らかに言ったのは、私の従弟。
空に反発するような赤いバンダナを巻いて、赤いエプロンもバッチリだった。寝ぼけ眼の私の上にちょんと乗っているもんだから、エプロンにはちょっと皺が寄っていた。
いいお嫁さんになるだろうなーとは常々思うんだけども、そんな閻魔にもちょっぴり欠点がある。

「洗濯するのは私じゃないか」

「まーまー、細かいことは置いといて」

へらりと笑う閻魔は兎に角、お片付けが苦手で、指先がぶきっちょなのだ。
ポッケの中に飴ちゃんやチョコを入れっぱなしにするのもそうなのだけれど、折り紙をさせればグッチャグチャにしてしまう。あやとりをしていたら、両手の甲を合わせて緊縛しちゃうような不器用さ。

ピンと皺をのばして、キッチリ干す。
その作業は閻魔にはちょっとむつかしい。
だから、私のお仕事になる。
二人分の洗濯物、そんなに大変でもないから、その割り当てに不満があるわけじゃあないのに、完璧主義の閻魔にはちょっと自分が歯がゆいらしい。
けれども、なにもかも完璧だとかそんなことよりも、ちょこっと抜けているようなところが愛らしい。
こうなると将来は、洗濯の上手なお嫁さんをもらうしかないだろう。
他のことは大抵出来るんだから、専業主夫の目もあるだろうなーなんて。
こんなにエプロンがよく似合うんだから、なんて、思っている私は弟バカかもしれない。入鹿曰く確定だそうだ。なんだかんだで自分だって世話焼き体質なくせに素直じゃないのが入鹿の可愛いところ。

けれども、正直に言えば今はそんな気分じゃあない。
お天気がいいのはいいことなのだけれど、だからこそこんないい天気の日には寧ろのんびりひなたぼっこでもしたい。それこそ竹中さんとか誘って、ピクニックに行きたいような、そんな日和だ。間違ってもせっせとせっせとお洗濯をするような日和じゃあない。私の視線を察したのか、相手はこてんと首を捻った。

「今日のお昼はドライカレーにするからさ、ねーお願い!」

ああ、もう。
なにそのキラキラ光線。赤い目から出てくるそのオーラが見えるのは、私だけじゃあないだろう。脳内に褐色の男前が瞬いた。

「閻魔はいいお嫁さんになるよ?」
「もらっちゃあイヤだよ」

嫌がられてしまった。
お兄ちゃんショック!





久々に、エプロンをつけている太子を見ることになった。
大抵は、ご飯をカレーものにすればいうことを聞いてくれちゃうから。扱いが楽だとは死んでも言わないけれど、この素直さが太子のいいところ。

無地の青いエプロンだなんて、無愛想なものじゃあなくてもう少し可愛いものを使えばいいのに。今日の空を切り取ったみたいに青い。
青いジャージに青いエプロンだなんて真っ青過ぎるじゃないか。ペイズリーの青いバンダナも合わせて、真っ青星人ここに爆誕。
ベランダにいる、二階の高さだっていうのに、なんとなく空に近いみたいに見える後ろ姿。白いシーツがなければ今にも溶けてしまいそうな、そんな気さえする。
真白の項と白いシーツ、青い青い服の下。
理由もないのに不安になっちゃうのはどうして。

「太子、太子」
「なんだ?」

振り返った顔がへらりと笑う。
へらっと笑う顔は小さい頃から変わらなすぎて逆に驚く。
もう高校二年生だ、十七歳になろうとしてるってのに、この男はまるで変わらない。
不思議といえば、不思議。
顔は年相応の成長をしているのに、いつも彼の後ろについていた時期のあのオーラは健在だからそう見えるのかもしれない。
それに誘われて、傍にいってその背中にすがりつきたいような、そんな衝動がどうしようもなくこみ上げてくるから。
オレはたまに彼が怖くなる。
その背にしがみついてた頃と自分は何も変わらないんじゃないか、それを考えるのさえ、きっと嫌だから。

「寂しくなっちゃったか?」

知ってか知らでか、いつもと同じ顔が穏やかに笑う。
比重が傾いて、傍に行きたくなる。その欲求に従って、ベランダに出た。

「なんだよそれ?」
「お前は寂しくなると私を二回呼ぶんだよ」
「いつまでもお子様ではないです、ノーサンキュー」

綺麗に、整頓されたように干されている洗濯物と青いジャージはよく映える。
なんだか、一種、目を背けたいようなそんな感じだ。
白も青も、自分から遠いからかもしれない。

「んー、反抗期かあ。
 ところで閻魔ー、今日はさあ」

空を指差す。
その指すらも、青く染まっていくみたいで。
やっぱり少し怖くなる。

「今日はベランダにテーブルだそう、ピクニック気分でおま」

元気よくいう声に、後ろっ側のシーツがはためいた。
少し、風が心配だけれど、まあいいか。なかなか天気がいいのは確か。
滅多に見上げたりはしない色。それでも、綺麗なことに変わりはない。

太子は今日ピクニックがしたかったんだろう。
ちょっとなら、悪いなあ、と思わなくはないんだけども、太子のシーツいい加減黄色っぽくなってきていたんだもの。オレが言わなきゃ、きっと一年は余裕で同じシーツを使っちゃうに違いない。整理整頓は上手なくせに、案外彼は怠惰なところがあるから。

「カレー、シーツにつけないでね」

「閻魔があーんってしてくれれば大丈夫だ」

それはちょっとご勘弁。
笑い声が重なって、さっきまでの謎な思考が溶けていった。
その背にちょっと抱きついて、なんだやっぱり寂しっかったのか、って声を聞きながら、久々に空を見上げる。

白いシーツと青い空と青いジャージ。
風は強くても、今日は晴天なり。




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